『薬屋のひとりごと』アニメ化近づく大人気”後宮ミステリー”の多彩な魅力を考察

  幾つもあると言った『薬屋のひとりごと』の読みどころのうち、ミステリーとしての面白さは、日常の中に起こる事件を、後宮の誰も分からない中で猫猫が解いてしまうところにある。ふたりの上級妃から同じ頃に生まれた子どもたちが、そろって体調を崩してしまった原因を花街育ちの猫猫はすぐに気付き、こっそりと解決法を書き置きする。

  誰とも知れない者からの書き置きを信じなかったひとりの妃の子どもは死んでしまうが、聞き入れたもうひとりの妃の子どもは回復する。この違いに気づいた壬子が書き置きの存在を知り、書いた猫猫を見つけ出したことから、後宮を舞台に猫猫が探偵として活躍するストーリーへと進んでいく。

  後宮に現れる幽霊の正体は。呪いのような不気味な色で木簡が燃えた理由は。そうした謎をひとつひとつ解き明かしていった先、子どもを救ってあげた玉葉妃の毒味役として臨んだ園遊会の席上で、陶酔しながら「毒です」と告げるシーンへとたどり着く。いったい誰が仕込んだ毒なのか。どうして玉葉妃は狙われたのか。後宮に暮らす女性たちにとって皇帝の寵愛を得られることが何よりの誉れだからこそ起こる事件の謎が、ひとつひとつ暴かれていくスリリングな展開を楽しめる。

  そこに、皇帝の寵妃を送り出し世継ぎが生まれでもしたら、一族の繁栄につながる状況がもたらす謀略も加わって、『薬屋のひとりごと』を後宮が舞台の愛憎劇に留まらせず、政治ドラマのようなスケールの大きい物語へと発展させていく。小説の10巻から始まる西都編では、壬氏とともに西都へと赴いた猫猫が、西都で直面した大蝗害に対応したり、そして壬氏を西都へと招いた領主代理の玉鶯が巡らせる企みに巻き込まれたりする。もはやスペクタクルロマンだ。

  ここで気になるのは、後宮で働く宦官の壬氏がどうして西都に行くのかだが、理由はシリーズの途中で明らかになり、猫猫とのラブロマンスと言って良いストーリーが紡がれるようになる。花街で育って人の恋路の裏も表も知り尽くしているせいか、色事よりも薬や毒や酒に強く惹かれる性格に育った猫猫だ。壬氏に惹かれ尽くすようにはすぐにはならないが、そんな猫猫の才能を認めて近くに起きたいと願う壬氏の思いを受け止めることで、少しずつ変化していく関係を楽しめる。

  10月からのTVアニメでは、壬氏を『【推しの子】』のアクア役で注目を集めた大塚剛央が演じると発表になって、その声が聞けるPVも流れ始めた。誰だってなびきそうになるイケメンボイスだが、生い立ちゆえの高貴さと立場ゆえの達観をどのように声に乗せて聞かせてくれるのか。本編で動く姿とともに話される言葉を聞くのが待ち遠しい。

  壬氏に限らず多彩なキャラクターも『薬屋のひとりごと』の楽しみどころだ。子どもを救ったことで猫猫に感謝し侍女に迎えた玉葉妃は美しくて聡明で、壬氏の猫猫に対する思いに感づいて弄って楽しんでいる。多くの妃たちが登場し、裏で謀略もめぐらされる中にあって輝き続ける太陽のような女性だ。

  壬氏を支える高順は、どれだけ主人や玉葉妃や猫猫に振り回されても動じず、堅物ぶりで淡々と仕事をこなすところに安定感を覚える。猫猫がおやじどのと呼ぶ養父の羅門は、花街の薬師に留めておくには惜しいほどの医術の腕と薬師の知識の持ち主。過去を聞けばそれも納得の経歴で、猫猫が薬学や医学の深い知識を持つに至ったこともよく分かる。ただ、いたって温厚な人物で、猫猫のふてぶてしさは誰に似たのかが気にかかる。

  そこで絡んで来るのが、軍師で将軍の地位にある羅漢という男。変人として知られていて、派閥を持たず誰にも与していないにも関わらず、才覚だけでその地位まで上り詰めた。原作では第2巻から登場して来て壬氏に絡み、猫猫にも絡もうとしてウザがられるその正体は? TVアニメに登場するまで待てないという人は、原作を今から読み始めておこう。たとえ小説の内容を知っていれば、その世界を表情も声も含めてて見事に再現してくれるアニメで新たな発見を得られるはずだから。

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