連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年6月のベスト国内ミステリ小説

橋本輝幸の一冊:井上真偽『アリアドネの声』(幻冬舎)

 主人公は、ベンチャー企業で救助向けドローンのインストラクターとして働く青年ハルオ。ドローンを運輸網に利用した最先端の地下都市で大地震が起こり、「見えない、聞こえない、話せない」女性がひとり、浸水と火災が迫る地下に閉じこめられてしまう。そこでハルオが急遽ドローンでの救助に挑むのが筋書きだ。

 次々に予定外の事態が起こり、一瞬たりとも読者に気を抜かせない、時限制の人命救助スリラー。いくつもの事件や疑念をくぐりぬけた末の大団円がすがすがしい。登場人物たちが都市をより良く復旧させる様子も見たいと思った。

酒井貞道の一冊:大滝瓶太『その謎を解いてはいけない』(実業之日本社)

 中二病めいた言動を繰り広げる、二十八歳の私立探偵・暗黒院真実(本名:田中友治)。その助手として、暗黒院を苦々しく眺める女子高生・小鳥遊唯。本書はこのコンビが主役を張る連作短篇だ。事件の謎を解くのは小鳥遊である。では暗黒院は痛いだけの人物なのかというと違う。事件関係者の黒歴史を盛大かつ高精度に暴き立て、精神的な死屍累々を築くのだ。ということで笑いながら読んでいると、突如ギャグに留まらない深淵が覗く。中二病や黒歴史は、人生の疾風怒濤期が生む副産物でもある。そのことを痛感させられる、切実な物語だ。

杉江松恋の一冊:恩田陸『夜果つるところ』(集英社)

 先月刊行された『鈍色幻視行』で言及される幻の小説が独立した一冊として刊行されたもので、架空作家・飯谷梓名義での扉なども準備されている。その趣向もさることながら、教養小説と滅亡に向かって進んでいくスリラーとを合体させた筋立てが素晴らしく、心を鷲掴みにされた。求めても得られない自分像を巡る物語であり、その中には幻の母への思慕も含まれる。原型であるデュ=モーリア『レベッカ』だけではなく、着想の元になった辻中剛『遊廓の少年』まで探して読んでしまったほどおもしろかった。水野理瀬シリーズのファンにもお薦め。

 ホラー・ミステリーあり、ライトノベルの新シリーズ第一作あり、サバイバル・スリラーありと、今月は変化球の作品が揃いました。作中作が独立した一篇もありますしね。何が出てくるかわからないこのジャンル、来月はどんな作品が集まるのでしょうか。ご期待ください。

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