「ハヤカワ新書」一ノ瀬翔太編集長インタビュー 「読む前とは世界が違って見えるレンズのような本が作れたら」
「未知」に手を伸ばすきっかけになってほしい
一ノ瀬:2021年の9月頃に社長の早川から「新書をやってはどうか」という話があったのが最初でした。1960年代に、SF作家のアイザック・アシモフの科学エッセイなんかも入っているようなハヤカワ・ライブラリという新書レーベルがありまして、社長はけっこう思い入れを持っていて。それで私と数名の幹部で検討会を持って議論を重ねました。その年の11月に正式に決まった後は、ノンフィクション編集部みんなで企画を出しあい、進めていきました。
――2021年11月の時点ではどんな方針を立てたんですか。
一ノ瀬:まず、国内著者の書下ろしを中心にやりたいということです。ノンフィクション分野で国内の著者をもっと開拓したいというのは会社としてもともとあって、散発的ではなく体系的に展開する意味で新書レーベルを立ち上げるのは面白いのではないか、と。ちょうど編集部にも面白いメンバーが揃っていたので。
早川書房の新書に読者が求めるものはなんだろうと考えた時、ジャンルは森羅万象なんでもいいと思いますが、しっかりとした科学的根拠に基づいているとか、知的エンタテインメントとして面白く読み進められることは大事だと思い、意識してとり組んできました。
――創刊ラインナップは、越前敏弥『名作ミステリで学ぶ英文読解』、土屋健『古生物出現! 空想トラベルガイド』、滝沢カレン『馴染み知らずの物語』、藤井直敬『現実とは?──脳と意識とテクノロジーの未来』、石井光太『教育虐待──子供を壊す「教育熱心」な親たち』ですね。
一ノ瀬:この5タイトルで創刊と決まったのは今年の頭ですね。内々に書店さんにご案内するなかで『名作ミステリで学ぶ英文読解』はやはり早川書房らしいと好評だったのですが、実は当初はレーベルが4月創刊予定で、それだと執筆のスケジュール的にこの作品は創刊ラインナップには入れられなかった。そのあたりを鑑みて創刊を6月にしました。『馴染み知らずの物語』も、6月であれば入れることができた。この2冊には特に注目していただいていますし、ラインナップのバラエティもかなり広がったので、結果的には正解だったと思います。
――国内外の小説のタイトルから自分が想像して書いた物語を集めたという滝沢カレン『馴染み知らずの物語』は、朝日新聞のウェブサイト「好書好日」の掲載原稿をもとに書下ろしを加えたんですよね。(参考:滝沢カレン「みなさまの脳を通りすぎることができたら、それだけで幸せ」 初の短編小説集『馴染み知らずの物語』を語る)
一ノ瀬:そうですね。要は小説で、創刊でいきなり、ノンフィクションですらないという。それを新書で出すのが適切かどうか、社内で議論はありました。でも、言葉の自由さが詰まっている本なので、私はいいと思っています。例えば、日中に仕事で契約書ばかり見て疲れた人が、会社帰りに手にとってくれたりしたら嬉しいですね。
――一方、石井光太『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』のような社会派も刊行されます。
一ノ瀬:担当は私ですが、以前担当した本に、学歴至上社会の暗黒面を論じたマイケル・サンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』という本があり、問題意識としては通底しています。
――土屋健『古生物出現! 空想トラベルガイド』は、科学+空想。
一ノ瀬:当社のノンフィクションでいうと『ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか』という本があります。サブタイトルのような突拍子もない仮定にガチで科学的に答えている。SFとまではいわないですけど、そういった「IF」のエッセンスが『古生物出現! 空想トラベルガイド』にもあります。
「ハヤカワ新書」のコンセプトは「未知への扉をひらく」ですが、最初、去年の春ごろに考えたのは「未来の教養」でした。その後「未知なる教養」、最終的に「未知への扉をひらく」へと3回進化して決まったフレーズです。読む前とは世界が違って見えるレンズのような本が作れたらという思いがつねづねありますが、その点、新書って、あらゆるジャンルの本が並んでいるので、もともと興味がなかったものにも触れやすいでしょう。例えば、『現実とは?』という本を新書の棚で見かけた時、現実とは何かを考えたくて書店に行ったのではなくても、「いわれてみれば現実って何なんだ」と気になって手にとる、そういう出会いが起きるのが新書なのではないかと。「未知」に手を伸ばすきっかけになってほしいんです。
――創刊ラインナップの5冊で「ハヤカワ新書」の基本姿勢は示した感じですか。
一ノ瀬:そうですね。新書の読者は年齢層の高い男性がボリュームゾーン。そこは意識しつつも、「ハヤカワ新書」としてはより若い層や女性にも読者層を広げたい。それも意識したラインナップです。
――ここ10年くらいでみた場合、新書という器をどのようにとらえていますか。
一ノ瀬:これまで単行本や文庫を作りながら傍目で見てきた印象で言うと、やはり売れたときの爆発力が大きい媒体だと思います。例えば3,000円の単行本があるとして、初版を売りきる、あるいは数回重版すれば、単価が高いぶんかなりの利益が出る――早川書房のノンフィクション単行本はだいたいがこうしたモデルです。文庫もここしばらくはそんな感じ。一方で新書は一冊当たりの利幅は相対的に小さくても、当たったときにきっと部数がぐんと伸びる。2021年に最も売れた本は新潮新書の『スマホ脳』、2022年に最も売れた本は幻冬舎新書の『80歳の壁』だそうですが、そういう可能性を秘めた媒体を新しく持つことは、戦い方がひとつ増えたなと思います。