杉江松恋の新鋭作家ハンティング 今すぐ読むべき驚愕のタイムループ小説『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』

 まったく予想していなかった方向に物語が進んでいく。その驚きをぜひ多くの読者に共有していただきたい。

 宮野優『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』(KADOKAWA)を今すぐ読むべきだと断言する。これはすごいデビュー作だ。新人賞を獲った小説ではなくネット上の〈カクヨム〉に投稿された原稿なのだという。どういう形式だったのかは知らないが、日々更新されていたのだとすると、当時読んでいた人は相当にびっくりしただろうと思う。わくわくしたと思う。

 五話から成る連作小説で『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』という題名の作品はない。「明日なんか知らない」というのは全登場人物に共通する心情だ。正確に言えば「明日が来るかどうかなんて誰にもわからない」。

 第一話「インフェルノ」は、〈私〉の一人称で綴られていく。「これは信仰と無縁だった私が奇跡を信じるに至るまでの物語だ。地獄に射した一筋の光明の物語だ。生まれ変わったこの世界では、誰もが奇跡と地獄を知っている」という書き出しの意味を、読者はすぐに理解することになる。

〈私〉が陰鬱な思いに浸っている場面から物語は幕を開ける。起床するとSNSに、退職した会社の部下からのメッセージが入っていた。飲みに行かないかという誘いである。だが、それに応じるつもりはない。これから人を殺す予定だからだ。〈私〉の娘は、見ず知らずの男に殺された。札付きの不良だったその男は、未成年だったために重刑を免れ、今は自由の身である。それを殺すのだ。〈私〉は男がバイクで事故を起こして入院中であることを知っている。病室を襲って刃物で刺し、復讐を遂げる。計画した通りにやり遂げ、〈私〉は逮捕された。警察署で眠りに就き、目覚めたときには見慣れた元の部屋にいた。

 不思議な夢を見たものだと思いながら〈私〉は男を殺しに行き、仕損じる。後悔に打ちひしがれつつも、再び世に出たら今度こそはやり遂げようと決意しながら眠りに就き、目覚めるとまた見慣れた元の部屋にいた。時間が戻っている。自分が同じ一日を何度も繰り返しているということに〈私〉は気づいた。

 いわゆるタイムループものに分類される小説である。これまで数多く書かれてきた定型の一つであって、決して珍しくない。殺人前の時間に何度も戻ってきてしまう、という物語も幾度か読んだ記憶がある。これだけでは決して珍しくはないのだが、「インフェルノ」は途中でぐにゃりと進路が曲がる瞬間がある。何度も殺人を繰り返す主人公の前に現れた人物がある一言を口にするのだ。ここからが真骨頂で、小説は唯一無二の光輝を放ち始める。

 第二話「ナイト・ウォッチ」は一転して学園小説である。語り手の〈あたし〉が「いつもどおり夜明け前に」目を覚ます場面から始まる。そんなに早く起床することには意味がある。「眠っていては自分の身を守れないという強迫観念を持っている」からだ。〈あたし〉は金槌とレンチを手にして高校に向かう。護身用の防犯スプレーを持っていなかったことを悔やみながら「あたしみたいなかわいい女子高生は、普段から持っとくべきだったんだよな」と独り言ちる。

 これは護身のため学校に立て籠もることを決めた〈あたし〉たちの物語である。読んでいるうちにわかるのは、同じ一日を繰り返すという現象がまるで感染症のように広まっているということだ。繰り返しに入った者たちはルーパー、そうではない人々はステイヤーと言われているらしい。ルーパーを狙った悪質な犯罪が多発している。一日が終わってしまえば記憶以外の証拠もなくなるからだ。だから「あたしみたいなかわいい女子高生」は自衛手段を講じなければならない。同じ学校の〈マイセン〉のように護衛役を買って出る者もいて、彼との仲を〈あたし〉はクラスメイトからひやかされたりもしている。

 いつも通りの学校の日常にとんでもない非日常が入り込んでいる青春小説である。この物語にはミステリー的な要素が含まれており、あっと驚くような種明かしがあった後に、〈あたし〉なりの来ないかもしれない明日への思いが語られて終わる。ここで『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』という本の題名が持つ意味がはっきりと読者の心に刻み込まれるのである。「だけどあたしはやっぱり明日が来てほしい」という主人公に思いきり共感するはずだ。

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