連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年2月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。

 今回は2月刊の作品から。

酒井貞道の一冊:望月諒子『野火の夜』(新潮社)

 関東各地で血塗れの旧五千円札が見つかる。豪雨で増水した君津市の河でジャーナリストが溺死する。二つの異なる事件の情報が雑誌記者・木部美智子の元に徐々に集まり、意外な関連性が見えてくる。綿密な取材過程それ自体に読み応えありだが、本領発揮はタイトルの意味がわかって以降だ。東京、君津、愛媛県の由良半島など、「野火」と呼び得る火事など起きそうにない地域ばかりが舞台となり、なんだこの題名は、と訝っていると凄いところからガツンと来る。なるほど確かにこれは野火。そしてその野火が象徴する情感や宿命たるや…!

野村ななみの一冊:青柳碧人『クワトロ・フォルマッジ』(光文社)

 小さなピッツェリアでの一晩を描くミステリである。ある夜、店長代理の仁志、大学生アルバイトの映里、天真爛漫な従業員の久美、寡黙な料理人・伸也の前で、マルゲリータを食べた客が絶命した。真相は店の中に、さて犯人は——?というのが本書の大筋だ。ただし、登場人物たちは揃いも揃って「秘密」を抱えている。語り手となる上記4人はもちろん、各々の事情と思惑が入り混じるため、犯人探しは一筋縄ではいかず、誰もが怪しく見えてしまうのだ。読了後に必ずピザを食べたくなること含め、終始、著者の仕掛けに翻弄されてしまった。

若林踏の一冊:倉知淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル』(ポプラ社)

 探偵小説の世界でしか起こり得ないような不可能犯罪を扱う「特殊例外事案専従捜査課」に配属された新人警察官僚・木島壮介が、風変わりな名探偵たちに振り回されながら事件に挑む連作集だ。中途半端に作られた“針と糸の密室”、犯行時刻が大雑把に書かれた予告状など、謎解き小説ではお馴染みの趣向を茶化したような状況を描いて笑いを誘いつつ、それを読者の盲点を突く推理の構築へと結びつける点が上手い。これはユーモアのセンスとジャンルに対する批評力を併せ持っているからこそ出来るものだ。登場する探偵役の造形も愉快で楽しい。

千街晶之の一冊:麻耶雄嵩『化石少女と七つの冒険』(徳間書店)

 2月の新刊では川上未映子『黄色い家』も素晴らしかったが、一冊しか選べないのだから『化石少女と七つの冒険』を推すしかない。化石マニアで推理好きのマイペースお嬢様・神舞まりあと、そのお目付役・桑島彰のコンビが名門校で続発する事件に介入する『化石少女』の続篇だが、彼ら二人だけだった古生物部に新たな部員が加わったことで推理の構図が更に複雑化。著者ならではのブラックな後味も前作より数倍強烈で、今年度を代表する傑作本格ミステリとして強くプッシュしておく。ただし、前作の真相が言及されているので未読の方はご注意。

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