連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年1月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。

 新年第一回は昨年十二月に刊行された本の中から。

酒井貞道の一冊:永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮社)

 二年前の木挽町での仇討ち事件を、インタビュアー(若侍)に六人の語り手が各自の視点から語る。仇討ちに裏があることを小出しに書き読者の興味を惹き続けた上で、哀しさ、儚さ、悲愴といった情感をグラデーションのように美麗に遷移させる。この時点で私はもうメロメロ。しかも真相の材料(心理的なものだったり、文字通りの物理的材料だったり)を丁寧に配置しているのが最後になるとよくわかる。本格謎解きでこそないものの、ミステリとして文句の付けようがない。しかも、六人の語り手がやるそれぞれの人生の話もすこぶる良い。完璧。

若林踏の一冊:新川帆立『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)

 動物に人間の子供と同等の権利を与える「動物福祉法」、キャッシュレス化の浸透を受けて現金廃止を定めた「電子通貨法」など、架空の法律が制定された世界を舞台にした六つの物語を収める短編集である。パラレルワールドを描くことで現実社会の矛盾や理不尽を批判するSF作品だが、過剰な健康管理が進む労働現場での不審死を巡る「健康なまま死んでくれ」など、ミステリの興趣が強い短編も収録されている。賭け麻雀が合法化された日本を描く「接待麻雀士」は奇抜な設定を上手く使った賭博小説で、捻りの効いた展開に思わず唸った。

千街晶之の一冊:木江恭『鬼の話を聞かせてください』(双葉社)

 取材者が「鬼」に関する体験をした人間と面会し、相手の話から思いがけない真相を推理してゆく——と紹介すれば、典型的な「安楽椅子探偵もの」だと思うかも知れない。確かにそうには違いないのだが、こんなに不穏さと不快さを漂わせる安楽椅子探偵がかつて存在しただろうか。取材者は体験者の神経を逆撫でしつつ話を聞き出し、そこから引き出した推論によって相手を暗澹たる疑念と不安の深淵へと突き落とす。それでいて伏線回収と意外な結末の妙味をたっぷり味わえるのも事実で、「嫌だけど面白い」という異常な読み心地に悶絶させられる。

野村ななみの一冊:永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮社)

 時は江戸、木挽町の芝居小屋近くで若衆・菊之助による仇討ちが成し遂げられた。事件から2年後、ひとりの若侍が現場を訪れる。ことの顛末を尋ねる彼に、木戸芸者や殺陣師、衣装係といった面々は語る。各々が目撃した仇討ちと菊之助との関係、自身の来歴を。皆、挫折し絶望し、道を見失いながらも芝居に居場所を見つけ出した人々だ。人生の痛みと人の優しさを知る彼らの一人語りを通して、菊之助の“あだ討ち”は次第に奥行きを見せていく。すべての真相が明らかになる最終幕では、「よっ、お見事!」と木戸芸者の口ぶりを真似たくなった。

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