“御書印”は地方の中小書店を救う?「地域のコミュニティの場としても本屋は大切」制作者の想い

  2022年11月7日に記事を公開した秋田県羽後町の書店「ミケーネ」の記事。地方書店の現状  成人向け雑誌の低迷、仕入れはAmazon、電子書籍の普及、人口減少……町の本屋は四重苦から脱却できるのか 文・取材=山内貴範
 
 地方の中小書店が衰退産業と言われる中で、ミケーネは決して手をこまねいているわけではない。例えば、“書店と人を結ぶ”目的で始まった「御書印プロジェクト」に参画している、秋田県内で3店あるうちの1店である。

 その御書印のデザインは隣町・横手市で活動する消しゴムハンコ作家のJUMBOが手掛けたものだが、何気ない雑談の中で依頼が決まったという。地元のクリエイターとともに、地元を盛り上げようとするミケーネ。今回はJUMBOに話を伺い、書店に惹きつけられる理由と、地方で創作活動を行う原動力について探ってみた。

地方の小規模書店の御書印を制作

JUMBOがデザインした、ミケーネの御書印。「ミケーネ」の店名はミケーネ文明に由来する。「ドイツの少年シュリーマンが、子供の頃に読んだトロイの木馬の本をもとに発掘したところ、ミケーネとトロイアが発見された。一冊の本が少年を大きく変えたという本を読んで、書店をやるなら店名をミケーネにしようと思った」と、ミケーネの阿部久夫店長。その想いが筆で記されている。

――秋田県内で「御書印プロジェクト」に参加している書店は、秋田市のひらのや書店、横手市の金喜書店、そして羽後町のミケーネの合計3店です。JUMBOさんはミケーネの御書印のデザインを手がけました。

JUMBO:ミケーネの御書印は、羽後町の鳥と木である鶯と梅を花札のようにデザインしています。意外と、羽後町民でも町の鳥と木を知らない人が多いことを知り、今のデザインにしました。このデザインに興味や疑問を持った人が図案のネタを調べたり考えたりして、そこから地域を知ったり、新たな魅力を見つけてくれることを期待しています。

――JUMBOさんは隣町の住民でありながらミケーネの常連で、雑誌や単行本をよく買っているそうですね。わざわざ遠くまで通うのは、なぜでしょうか。

JUMBO:私は、本は本屋で買う派です。私にとって、ミケーネはただ本を買うだけではなくコミュニティの場としても、とても大事な場所です。店主さんや、たまたま居合わせた地域住民との雑談も楽しみの一つ。作品やアイデアについて遠慮無く意見をもらったり、雑談からハンコの仕事を突然いただくこともあります。

――ミケーネの御書印の依頼も、雑談がきっかけで生まれたと伺っています。

JUMBO:そうです。店主さんと雑談をしている中で話が盛り上がって、私がお引き受けすることになりました。何気ない会話の中から仕事が生まれるのは、地方ならではだと思います。本屋は文化の発信基地といわれますが、実際、ミケーネはいつ行っても面白い人たちが集まっている。創作に刺激が得られるので、どうにかして存続してほしいと思っています。そして、こうしたユニークな書店は、全国に他にもあると思うんですよ。

――JUMBOさんは本屋のどういった点に惹きつけられるのでしょうか。

JUMBO:さきほど話したコミュニティの場であることもそうですし、あとは、本屋独特の匂いですね。本のインクの匂いだと思いますが、これはネットにはない実店舗ならではのものでしょう。五感で感じとれる魅力が失われていくのは、寂しいと思います。

――そうですよね。しかし、実際に本を手に取れる書店の減少は、秋田県全体の大きな問題になっています。

ミケーネの御書印、文字が記されていない状態のもの。地元色豊かなモチーフを、破綻なくまとめ上げたJUMBOのデザイン力の高さがよく表れている。


JUMBO:私が住んでいる横手市は秋田県でも第二の都市なのですが、やはり本屋の消滅が問題になっています。ミケーネの御書印を手掛けたことを機に、今後もいろいろな形で本屋の仕事に携わり、力になっていきたいと考えています。

ハンコも、書店同様に衰退産業と言われるが…

――消しゴムハンコの作家として活躍されていますが、志したきっかけはなんでしょうか。

JUMBO:実は、消しゴムハンコは遊び感覚で始めたんです。ところが、いつの間にか沼にハマってしまい、インストラクターの資格まで取ってしまいました。

――そこまでのめり込んでしまった消しゴムハンコの魅力は、どんなところにあるのでしょうか。

JUMBO:彫りから刷りまで一発勝負、そして運の要素があり、完成するまで結果がわからない所です。彫りを失敗したと思っても、刷ってみると案外良い掠れ具合だったり、インクの着き具合や、刷る際の力加減で表情が変わってきます。そういうところが、なんだか人生に似てるなぁと感じる時があります。

JUMBOは、秋田県の郷土玩具や民俗芸能のデザインに惹かれ、創作の参考にしていると話す。この作品は、人形道祖神と呼ばれる、村の境界や辻に祀られる神様を題材にした消しゴムハンコ。
秋田犬や秋田蕗など、秋田ならではの文物をモチーフにした消しゴムハンコ作品。

――書店と同様、ハンコも衰退していく産業と言われて久しいですよね。対して、趣味的な分野では、ハンコは根強い人気があります。官公庁の公的なハンコをなくすことには私も賛成なのですが、JUMBOさんが制作するようなハンコなら味わい深いです。

JUMBO:そうですね。デジタルの時代になっても、社寺仏閣の御朱印をはじめ、道の駅や観光地などにもハンコが溢れています。そして人は競う様に蒐集をしています。流行り廃れがある中でずっと生き続けるハンコ文化は凄いですよね。御書印を集めてみると、これまで知らなかった地方の書店を知るきっかけになりますし、やはり、本を買って店主とコミュニケーションをとる楽しさもあると思います。

JUMBOが制作した、秋田県を象徴する魚、ハタハタを題材にした消しゴムハンコ。

――御書印はそこでしか押せないものですから、実際に現地に足を延ばすきっかけになりますね。事実、地方の書店巡りを趣味にする人が増えたと聞いています。

JUMBO:ミケーネはなかなか訪れるのが大変な場所にありますが、博識で人望のある店主さんの人柄に惹かれて、いつも誰かしら面白い人が集まっている書店でもあります。この場所を中心にいろいろな人との交流が生まれていけばいいなと思います。私がデザインした御書印が少しでも、その力になればと願っています。

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