連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年10月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。さて今回選ばれた作品は。
藤田香織の一冊:吉永南央『薔薇色に染まる頃 紅雲町珈琲屋こよみ』(文藝春秋)
2004年のオール讀物推理小説新人賞の受賞作から連なる人気シリーズもついに第10弾。北関東に位置する紅雲町で珈琲と和食器の店「小蔵屋」を営む主人公のお草さんこと杉浦草は、白髪と着物姿がトレードマークの後期高齢者。これまでは主に自らの過去と周囲の人々に纏わるいわゆる日常の謎を追ってきたのだけれど、なんと今回はかなりのハードボイルド! 血生臭くきな臭く、胡乱で不穏でなのに切ない。そう来たか! そこで区切るか! と思わず唸るラストもニクイ。今からでも追って損なし、お草さんに会わなきゃもう年が越せない!
若林踏の一冊:小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)
冒頭に提示された謎を読んだだけで心を掴まれてしまった。クイズ番組の決勝において問題が一文字も読まれない段階で正解を出せたのは何故か、なんて不可能状況を巡るミステリとしてあまりにも魅力的ではないか。語り手の三島玲央が探偵役となって、クイズの回答場面を一つ一つ確認しながら検証を進めていく過程もロジカルで謎解きの醍醐味に溢れている。また、主人公が調査を行っていく中でクイズプレーヤーの思考法が明かされていくのだが、それがまるで名探偵が披露する推理のようで目から鱗。本格謎解き小説ファンは読み逃すな。
野村ななみの一冊:石川智健『ゾンビ3.0』(講談社)
世界中で同時多発的に人々がゾンビ化を始めた。空気感染でも飛沫核感染でもなく、ゾンビに噛まれることが原因でもないらしい。一体なぜ、人間はゾンビになるのか?
本作はこの点が主軸となり、パニックホラーでよく見られる過激な表現は控えめだ。予防感染研究所の所員たちは、非常事態に置かれた人間の見覚えある行動——後手に回る政府の対応への苛立ち、仲間内での疑心暗鬼などに振り回されながらも、ゾンビ化という未知の現象に挑む。知識を武器に、研究者としての自負をかけて。各登場人物の個性がゾンビに覆われていく世界で光る。
酒井貞道の一冊:辻堂ゆめ『君といた日の続き』(新潮社)
幼い娘を亡くし、妻と離婚して、2021年、リモートワークを理由に引きこもっていた40代の《僕》友永譲は、80年代からタイムスリップして来たと主張する、10歳頃の少女を拾う。主人公はこの寄る辺ないが元気な少女と同居を始めた。これ以上物語の内容を明かすのは難しいが、一つ言えることは、本作の主人公は友永だけではない、少女もまた紛れもなく主人公であり、彼女の主役っぷりの肝心要の部分は直接描写が敢えて抑えられている。終盤で彼女の心情を読者が推察することにより、本書の味付けは完成する。楽しんでいただきたい。