なぜ中国では悪党が生まれ続けてきたのか 歴史学者・岡本隆司が語る「悪いやつ」になった背景

 『悪党たちの中華帝国』(新潮選書)は、中国の1400年の歴史において、「悪党」と呼ばれる12人の生涯にフォーカスする一冊だ。虐殺を重ねた支配者たちや、独りよがりな改革者、過激な教えを説いた思想家など、それぞれの生涯をたどり、彼らが「悪党」の称号を得るに至った背景を解き明かしていく。 

 著者の歴史学者・岡本隆司氏によると、本書の試みは単なる一人物への探求にとどまらず、中国の歴史を逆照射することにもつながるという。「歴史学の最後の目的は、結局、人的関係を究明するに落ちつくであろう。人間の生活とは結局のところ人的関係にほかならぬからである」という東洋史学者・宮﨑市定氏の箴言を重んじているとのこと。岡本氏に、「悪党」たちの背景や、歴史学を学ぶ意義について話をうかがった。(若林良) 

「悪党」の定義

――日本史で「悪党」と言えば、たとえば石川五右衛門のような文字通りのアウトローを思い浮かべるのですが、本書における「悪党」は対照的に国家の中枢にいた人物や、学問の基礎を形作った人物が中心です。「悪党」という言葉の定義を教えていただけますか。 

岡本:単純に「悪いやつ」という意味になります。たしかに、本書で取り上げた人物はカテゴリーとしては政治家や思想家になるので、なかなか悪人というイメージを持ちづらいかもしれないのですが、彼らは中国ではほぼ「悪いやつ」とみなされています。たとえば、王安石。中国史では長年、北宋(960年~1127年)を滅亡に導いた元凶というイメージを持たれてきました。 

 ただ、今の日本人から見ると、彼らが悪か善かという以前に、まずその名前や、生きた時代を知らないというケースが多いと思います。世界史の授業でもそこまで綿密には取り上げられない。そして、中国史に対する理解の不足は、現在の中国に対する理解のしづらさにもつながっているでしょう。なんとなく習近平が怖いとか、ひいては中国全体に負のイメージを持つことにつながってしまいます。 

――中国史はあまり知られていないのが実情かもしれません。本書は悪党たちを書くことを主眼としつつも、そこまで人物に焦点化した内容にはなっていません。むしろ彼らが生きた時代の背景を、入念に書くことを意識されているように感じました。 

岡本:時代を理解してほしいという思いもありますね。それを抜きにして人物だけに焦点を当てると、ただの勧善懲悪、「悪人/善人」もしくは「失敗した人/成功した人」といった単純な書き方に終わってしまう可能性が高い。なぜこの人物はこのような行動に出たのか、当時の時代背景や社会制度などをしっかり書き込むことで、安易な判断を導かず、より広い文脈で考えてもらうように心がけました。くどくどした説明にならないように、バランスを見つつではありましたが。 

なぜ「悪党」は生まれるのか

――本書を読むと、中国では1400年の歴史の中で、本当に多種多様な「悪党」が生まれ続けてきたことがわかります。なぜでしょうか。 

岡本:時代によって体制の構造は変わっているので、一概には言えないのですが、ひとつ主張したいのは、本書での「悪党」とは絶対的な悪のことを指すのではなく、あくまでも便宜的に、そのように定義されたに過ぎないということです。 

 たとえば、時代の変化に呼応しようとして改革を行い、それが失敗した人物や、改革を強行するために主君を裏切った人物が「悪党」と呼ばれるケースがあります。また、逆に社会の体制が変わった後に、旧体制の中心的な位置にいた人物が「悪党」と定義されるケースもある。彼らは自分なりの使命感・倫理観をもって行動してきたけれども、それが結果的に「悪」と捉えられたということですね。 

 日本では権力者は変わっても、中心にある天皇制そのものを転覆させようという動きは見られなかった。中国では前の王家・王朝を根絶やしにすることで、新しい体制が生まれてきた。そのため、価値観の揺れ動く幅は中国の方が大きく、それが「悪党」とみなされる人物が多く生まれた背景だと言えるでしょう。

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