罪の形を通じて、人間を描き出すーー芦沢央、作家生活10年目の到達点『夜の道標』の祈りと希望
「十年選手」という言葉がある。スポーツなどで十年以上にわたり選手生活をおくっている人を指し、そこから転じて、長年同じ仕事に従事しているベテランを意味するようになった。2012年に『罪の余白』で、第三回野性時代フロンティア文学賞を受賞して作家デビューした芦沢央も、いよいよ十年選手である。そのベテランの力を遺憾なく発揮した「作家生活10周年記念作品」が、ここで取り上げる『夜の道標』だ。デビュー作から、さまざまな〝罪〟の形を通じて、人間を描き続けてきた作者の、ひとつの到達点といえる秀作である。
本書は、中村桜介・橋本波留・平良正太郎・長尾豊子の四人の視点で進行していく、モジュラー・タイプのミステリーだ。まず粗筋を書いておこう。小学生の中村桜介は、転校してきた橋本波留と、ミニバスを通じて友人になる。ただし自分よりミニバスの上手い波留に、複雑な感情を抱いている。そんなとき、自分が声をかけたことで波留が車に撥ねられ、より彼のことを気にかけるようになる。
その橋本波留は、父親から虐待されている。食事も満足に与えられず、当たり屋をやらされているのだ。車に撥ねられたのも事故ではなく、当たり屋行為であった。そんな環境を嫌っている波留だが、どうにもできないでいる。
桜介や波留が暮らす町では、二年前に殺人事件が起きていた。通常の教育からこぼれ落ちてしまった子供を広く受け入れる個別指導塾を経営していた戸川昌弘が殺されたのだ。子供たちに寄り添い、評判のよかった昌弘は、誰に、なぜ殺害されたのか。十数年前の教え子の阿久津弦が容疑者として浮上するが、未だに行方不明。すべてが謎のままである。
この事件を担当しているが、旭西署の平良正太郎だ。上司に疎まれ、窓際に追いやられている正太郎は、相棒の大矢啓吾を気にかけながら、捜査を進めていく。しかし弦の行方の手掛かりもなく、行き詰っていた。
ところが弦は、身近にいた。事件の後、弦と再会した元同級生の長尾豊子が、家の地下に匿っていたのだ。スーパーのパートをしながら、ひとり暮らしを装う豊子は、いつかこの生活が破綻することを予感しながら、日常を続けていたのだった。
本書を読み始めて興味を惹かれるのは、視点人物である四人の物語が、どのように絡んでくるかだ。平凡な小学生である桜介を別にして、残りの三人は重いものを抱えている。特に波留に関しては、父親の描き方が巧みすぎて、彼のパートを読むのが辛くなる。とかいいながら、一番ドキドキしたのは桜介のパートだ。なぜなら彼は、平凡ゆえの善良な心を持つからこそ、何をしでかすのか分からない。波留は桜介のことを、「優しく、思いやりがあって、けれど自分が想像できる範囲内で思いやることの乱暴さに気づくほどには優しくない」「本当に相手を思いやっているわけではなく、相手を思いやる自分でいるために言葉を投げるから、投げた先のことは想像していない」と、心の中で辛辣に評価する。たしかに桜介には、そういうところがあるのだ。だからこそ、波留のために考えた桜介の言動が、事態を悪い方へ転がすのではないかと、ヒヤヒヤしてしまうのである。