連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年12月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:矢樹純『マザー・マーダー』(光文社)

 五篇からなる連作短編集だ。マイホームを建てたタイミングでの収入減、隠し子発覚、引きこもりの「自立支援」、中学生の不登校、母親殺しと、家庭にフォーカスした物語が並ぶ。各話でも連作トータルでも、伏線が支える意外性の演出が決まるが、それ以上に、話のまとめ方が上手いのが印象的だ。五話いずれも50ページ前後しかなく。それでいて心理への踏み込みが鋭く、鮮やかなのである。他には、衒学を弄ぶ倉野憲比古『弔い月の下にて』と、珍奇なトリックと堅牢な推理が両立する門前典之『卵の中の刺殺体』も、好事家向けながら良かった。

藤田香織の一冊:呉勝浩、下村敦史、長浦京、中山七里、葉真中顕、深町秋生、柚月裕子『警官の道』(KADOKAWA)

 名前さえ知らずにいた作家に出会える。自分の好みが判別しやすい。「次」に繋がる発見がある。アンソロジーを読む醍醐味は多々あるが、反面、同じテーマで書下ろしともなれば残酷だなぁと感じることも少なくない。今の「力量」がどうしたって露わになってしまうからだ。

 ところが、本書は7篇全てが面白かった。見てきた景色ががらりと変わる驚きあり、思わずニヤリとしてしまう時事ネタ絡みの事件あり、不穏なのに痛快で、キャラ立ちも抜群なら仕掛けの効果も絶大で、人気作のスピンオフもある。これはもう、ちょっとした奇跡じゃない?

杉江松恋の一冊:まさきとしか『彼女が最後に見たものは』(小学館文庫)

 いい男だが気になることは面倒臭い性格の刑事・三ツ矢秀平が登場する警察小説の第二弾である。年配の女性がビルの屋上から転落して死んだという事件が扱われるのだけど、ものすごく複雑なプロットをさらりとやってのけているので非常にびっくりした。登場人物は比較的多い方だと思うが読みやすいし、物語が停滞するところなくするすると進む。全盛期のルース・レンデルみたいだ。全員に確固たるキャラクターがあるのでよく動くのだ。え、こんな巧い作家だったっけ。たぶん本作で上のステージに行ったのだ。また幕引きの美しさったらない。

 またもバラバラの結果になった12月でした。新鋭あり、ベテランあり、でバラエティに富んでいますね。今年も楽しみ。

 遅くなりましたが、年末のベストテン企画はいかがだったでしょうか。今年も書評家一同揃っておもしろい本をお届けしていく所存ですので、お引き立ての程よろしくお願いします。

書評子(掲載順)
千街晶之……ミステリ評論家(@sengaiakiyuki
野村ななみ……「週刊読書人」編集(@dokushojin_NN
若林踏……ミステリ書評家(@sanaguti
酒井貞道……書評家(@haikairojin
藤田香織……書評家、エッセイスト(@daranekos
杉江松恋……ライター(@from41tohomania

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