「オール讀物」編集長・川田未穂が語る、体育会系編集者の仕事術 「文芸編集者は作家にとってのコーチ」

バスケットに打ちこんできたことは無駄にはなっていない

――そして、本家の直木賞ですが、「オール讀物」編集長が選考会の司会をするのが伝統で川田さんが初の女性司会者となりました。

川越宗一『天地に燦たり』

川田:これが大学で文学を学び文芸がやりたくて入社したのならいいですけど(笑)、過去は変えられない。とはいえ、編集長に就任する前、直木賞受賞作を連続で3回担当したことは背中を押してくれたような気がします。最初に担当したのは大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』。寡作な方ですが、好きな歌舞伎を題材にならどうですかと言い続けていたら、『妹背山婦女庭訓』なら書けるかもということになって。文楽の演目が元になっているから観劇して取材するうちに魂を持っていかれました。大島さんと私の素人2人で人間国宝になられた人形遣いの桐竹勘十郎さんにインタビューして、あまりに無知であきれられた(笑)。

 大島さんは文楽の語りでもある義太夫を大阪で習うことにもなり、私も大阪文楽劇場での観劇後に同行するはずだったんですが、ちょうど当日が松本清張賞の選考会だったんです。その時、最終候補に残っていたのが川越宗一さんの『天地に燦たり』。下読みでは文章がごつごつしていると評価は最上位ではなかったのですが、読みづらさは直せても小説の魂は動かせません。それは小説がどこへ行くかの燃料だし、こんなすごい燃料を持つ人は私が担当したいと思って大島さんに、「私が編集者人生をかけている人が最終候補に残っていて帰らなきゃいけないんです」と了解してもらい、大島さんを大阪へ置き去りにして選考会に臨んだら無事に松本清張賞を受賞された。その川越さんのデビュー2作目が直木賞になった『熱源』です。次に直木賞受賞作になったのが馳星周さんの『少年と犬』。馳さんとは「週刊文春」時代に『不夜城』でインタビューして以来、「Number」時代も「TITLE」時代も20年以上継続して仕事させていただいてる唯一の作家さんです。「オール讀物」で犬をテーマに連作を書いていただいて、候補7回目にして直木賞を受賞した。3回連続で担当作品が受賞するのは滅多にないことだし、今でも不思議な縁に導かれたとしかいいようがないです。

――直木賞の下読みってどうやっているんですか。

川田:つらいですよ(笑)。20人くらいでやるんですが、他社から転職した編集者が、こんなに読んでいるのか、こんなに忌憚なく意見をいいあっているのかとびっくりします。他の賞は自社本がどうしても優先されるところがあると思うんですが、直木賞は候補5~6作で自社本は最高でも2作、いい作品でも3つ目は駄目と規定があります。直木賞は時間をかけて丁寧に書かれたものが、やはり評価されることが多い。例えば佐藤究さんの『テスカトリポカ』は3年くらいかけたそうですけど、出版不況のなか、それだけの時間と手間をかける体力が出版社にあるか、最近心配です。

――今まで経験してきて、文芸編集者とはどういう仕事だと思いますか。

川田:バスケットの話に戻りますけど、「TITLE」にいた頃、生徒を教えるなら学校の先生の資格をとらないと始まらないとわかって……。

――はい?

川田:勤めながら大学の聴講生になって必要な単位を集め、「オール讀物」へ異動後、入社15年目のリフレッシュ休暇を使い教育実習にも行って中学と高校の教員免許も手に入れました。そこでは社会人になってから学びの機会を得たことで新たに財産になる学びもあって、バスケットのコーチ資格をとるコためにーチングを学んだ時に、「コーチといわれてなにを想像しますか」と最初に言われ、一般には怒る人、教える人みたいなイメージでしょうけど、coachはもともと馬車という意味。荷台に乗っている人を行先に無事に送り届けるのが仕事だと教わりました。その意味で文芸編集者は作家にとってのコーチだと考えています。だから、バスケットに打ちこんできたことは今の仕事の無駄にはなっていないと思っているんです。

――なるほど、そういう風につながっているんですね。編集者をディレクターやプロデューサーに喩える話はよく聞きますけど。

川田:ディレクター、プロデューサーは偉そうだし、そちらに主体がありそうな気がしませんか。一般的なコーチには教える人のイメージがあるから前置きをしないと誤解されがちなのですが、指導する人ではなく行きたいところへ連れて行くサポート、あるいは道案内をする人なんですよ。編集者としてそうありたいと考えています。私のような体育会系でもやれる仕事ですといえば、希望を与えますよね、きっと。誰でもなれるんじゃないかって。

■雑誌情報
『オール讀物 2021年12月号』
発売日:2021年11月22日
1,000円(税込)
https://www.bunshun.co.jp/business/ooruyomimono/backnumber.html

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