筒井康隆『残像に口紅を』30年越しのヒットに見るTikTokの可能性 若年層へのアプローチに出版社が熱視線

 作家・筒井康隆が1989年に発表した小説『残像に口紅を』(中央公論新社/文庫版は1995年)が、30年余りを経たいま、急速に売上を伸ばしている。

 きっかけはTikTok。15秒のショートムービーを投稿できる若者に人気の動画SNSだ。最近ではダンスや"口パク”の動画だけでなく、さまざまな情報が集まるプラットフォームとなっている。そのなかで小説を紹介している人気TikToker・けんご氏が、7月27日に『残像に口紅を』の魅力を伝える動画をアップしたところ、大きな反響があり、同書はAmazon日本文学ランキングで1位に。各ネット書店で売り切れが続出する事態となった。

 版元の中央公論新社で書籍のプロモーションを担当する小西達也氏は、「全国の書店店頭からも一気に在庫がなくなりました。1冊~数冊しか在庫がない店舗も多かったのですが、そうしたお店でも売り切れが続出。わざわざ文庫棚まで探して購入いただいているようです」と、その反響の大きさに驚く。また、「けんごさんの投稿への反応(いいね数や再生回数)、そして全国書店様からの反響を受け、すぐに8月12日の出来で35,000部の重版を決定しました。さらにその後も書店様からの問い合わせ・注文が続いており、8月20日の出来で20,000部の重版も決定しています」とのことだ。

 昨今、SNSやYouTubeで紹介されたことがきっかけとなってヒットする書籍は少なくないが、あえて短尺動画のTikTokで本の紹介をしたところに、けんご氏の独自の発想がある。

「小説を紹介するためのSNSのプラットフォームとしては、TwitterやYouTubeなど様々なものがありますが、これまでほとんど小説を読んだことがないような層に面白い作品を届けるには、TikTokが向いていると考えました。YouTubeは視聴者がサムネイル画像とタイトルを見て、クリックして初めて視聴してもらう形式なので、もともと小説に興味がある人には届けられるけれど、興味のない人にはスルーされてしまいます。一方、TikTokはおすすめ欄にランダムで動画が流れてくる仕様なので、これまで小説を読んでこなかった層ーー特に中高生にも届けることができます。今回のように、筒井康隆先生の作品を若い世代に届けられたのは、小説好きとして嬉しい限りです」(けんご氏)

 幅広い層に“本との偶然の出会い”をもたらす、けんご氏のTikTokを活用した本の紹介に、出版社は熱視線を送っている。前出の小西氏は「本を“魅せる”すごいプレゼンテーション」と、けんご氏の手法を評する。

けんご氏のTikTokより

「『残像に口紅を』の紹介動画は、『もし、この世から“あ”という言葉が消えてしまったら —— どんなことが起きると思いますか?』という“問いかけ”から始まるのですが、まるで自分に語りかけてくれているようで、違和感なく入り込めます。そして文字の入れ方、フォントの使い方、画面の切り替え方などがテンポよく、とても巧みで見ていて楽しかったです。動画のラストも『いますぐにでも本を手にとって読んでみたい』と思わせる終わり方でした。こんなふうに本の魅力を伝えることができるのかと驚き、とても勉強になりました」(小西氏)

 けんご氏の小説紹介には、選書にも工夫がある。もともとは東野圭吾の『白夜行』(集英社)をきっかけに読書の魅力に目覚めたという氏だが、TikTokのユーザー特性を考えて、読書に慣れていない層にも「面白そう」と感じてもらえるものを中心に、幅広いラインナップで紹介している。

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