カツセマサヒコが浮き彫りにした“すれ違い”の切なさと苛立ち indigo la Endとのコラボ小説『夜行秘密』レビュー

 カツセマサヒコの新作『夜行秘密』は、indigo la Endの同名アルバムをベースにしている。といっても、音楽作品としての『夜行秘密』は5つの曲名に「夜」の字が入り、1曲に「晩」の字があって「夜」というコンセプトで統一感はあるものの、全体で一貫したストーリーがあるわけではない。コラボ小説と銘打たれた『夜行秘密』は、indigo la Endを率いる川谷絵音がアルバムの全14曲に書いた楽曲から、カツセが自由に着想を膨らませ小説の形に作りあげたものだ。

 Iindigo la Endは、『濡れゆく私小説』(2019年)の次に今年『夜行秘密』をリリースした。川谷は新作に関し全体として映画的にしたいという思いがあり、前作より立体的になったとインタビューで語っていた。(出典:https://natalie.mu/music/pp/indigolaend02/page/3)

 一方、カツセの前作は北村匠海主演で映画化が決定している『明け方の若者たち』だった。小説家デビューだった同作について著者は「1/3くらいは私小説ですね」と説明していたのである。それに対し、「こういうものも書ける」と示したい気持ちもあったという『夜行秘密』は、章ごとに主人公が交代する形式だ。複数の視点から語られるスタイルで内容が立体的になっているといえる。著者がどこまで意識したかわからないが、前作から新作への変化をめぐるindigo la Endとのこの符合は興味深い。

 小説『夜行秘密』は、映像クリエイターの宮部あきら、ブルーガールというバンドで活動する岡本音色(ねいろ)、小劇団に所属し脚本も書く岩崎凛、高校生の松田英治など、ほかにも複数が視点人物となって彼らの出会いと別れを描く。アルバムの曲名が章題になっているが、順番は曲順通りではなく組みかえられている。ただ、最初が「夜行」、最後が「夜の恋は」であることは変わらない。

 各章はそれぞれの曲を単純に再現しようとしたのではなく、歌詞内のイメージ、部分的なフレーズと微妙に響きあうように書かれつつ、トータルで1つの物語に構成されている。両者がどのように関係しているかは、小説を読み、歌詞を読み聴いた人がそれぞれ想像すればいい。私もここで若干の解釈を試みたい。

 タイトルにもなっている「秘密」という言葉は「夜行」の詞に出てくるが、小説で序章的な位置にある「1.夜行」には出てこない。ただ、小説の紹介文に抜き出された「それは、彼女と僕だけの秘密です」の1行は、終盤に登場する。この「秘密」を核にして、様々な人物が交代で主人公になるこの小説が組み立てられている。

 「1.秘密」では駅のホームで松田英治が岩崎凛と出会い、何本も電車がくるのをやり過ごすということを繰り返す。だが、その章以後、2人が一緒に登場する場面は、なかなか訪れない。「2.左恋」からの章はいったん過去に戻ってストーリーが進むのであり、英治と凛がどのようにして出会うに至ったのか、紹介文の「それは、彼女と僕だけの秘密です」はどういう意味かという疑問も小説を読む牽引力となる。

 岡本音色がメンバーであるブルーガールのミュージック・ビデオを、宮部あきらが制作することになるのが、物語の展開の大きな起点だ。すでに売れっ子クリエイターである宮部は、自らの才能をいいことに周囲に傍若無人な態度をとる。それに対し、成功のチャンスをつかんだ音色は、自分を見失うような状態になる。

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