「百合小説」ブームが問う、セクシャリティの現実と虚構 なぜ「女と女」の物語を求めるのか?

 女性同士の関係性を扱う創作ジャンルは「百合」と呼ばれ、今や絶大な人気を誇っている。2020年に放映されたテレビアニメでもしばしば百合をテーマにしたものが見られ、小説を原作とする作品では入間人間の『安達としまむら』(電撃文庫)や、宮澤伊織の『裏世界ピクニック』(ハヤカワ文庫JA)などがアニメ化されて話題を呼んだ。

入間人間『安達としまむら』(電撃文庫)

 なかでも『裏世界ピクニック』のヒットと、版元である早川書房が発行するSF専門誌『SFマガジン』の百合特集の異例の売れ行きは、百合ブームのさらなる広がりを印象づけた出来事だった。

『SFマガジン』2019年2月号
『SFマガジン』2021年2月号

 「百合特集」と銘打たれた『SFマガジン』2019年2月号は、予約が殺到して発売前重版が決定し、それでも在庫が足りずに60年の歴史のなかで初の3刷を達成するなど、刊行前から話題を振りまいた。そして2年の時を経て刊行された「百合特集2021」も引き続き発売前重版が決まり、百合というジャンルが持つポテンシャルを改めて我々に突きつけた。

宮澤伊織『裏世界ピクニック』(ハヤカワ文庫JA)

 百合SFを代表する作品の一つである『裏世界ピクニック』は、2017年から刊行中で現時点の最新刊は第6巻。2人の女子大生がコンビを組み、互いの仲を深めながら裏世界探検を続けるネットロア×異世界サバイバル×百合小説として展開中のシリーズだ。

 廃墟探検や実話怪談を愛好する大学生の紙越空魚は、現実世界とは違う<裏世界>を発見し、たびたびそこを訪れていた。3度目の裏世界訪問で、「くねくね」と呼ばれる怪異に遭遇して溺れかけた空魚は、仁科鳥子と名乗る美人に命を救われる。鳥子は消息を断った大切な友人・閏間冴月を探すため、裏世界に出入りをしているという。ここで拾ったものは高く売れると鳥子は空魚を口説き、半ば巻き込まれる形で空魚は裏世界探検に深入りしていった。

 作者の宮澤がオマージュを公言するように、本作の設定はストルガツキー兄弟のSF小説『ストーカー』を下敷きにしている。作中に登場する裏世界は、どこまでも広がる草の海に廃墟が点在するといった有様で、荒涼としたランドスケープは物悲しくも懐かしい気持ちを掻き立てる。そんな情景を舞台に、「くねくね」や「八尺様」、そして「きさらぎ駅」など、ネットロアとして有名な怪異が登場する。広く知られた実話怪談を裏世界の設定に落とし込み、不気味かつ魅力的なホラーバトルを展開するのが本作の醍醐味だ。

 そしてガール・ミーツ・ガール要素も、『裏世界ピクニック』の読みどころの一つ。出会ったばかりの空魚に対して、鳥子は「知ってる? 共犯者って、この世で最も親密な関係なんだって」と語ってみせた。「共犯者」という言葉は2人の関係性を象徴するキーワードとなり、以後もたびたび物語に登場する。

 当初は鳥子を胡散臭く感じた空魚だが、次第に彼女に惹かれていく。鳥子も空魚に心を寄せるが、失踪した冴月に執着を残し、彼女の存在が2人の間に影を落とし続ける。また物語が進むにつれて、一見平凡に見えた空魚の壮絶な過去や業の深さも明かされる。探検を重ねるなかで強い信頼で結ばれ、親密度が高まっていく空魚と鳥子の変化をぜひ味わってほしい。怪異好きも百合好きをも満足させる『裏世界ピクニック』は、今最もホットな百合小説なのだ。