2020年本屋大賞は「書店員の本気」だったーー『流浪の月』は奪われた“自由”を取り戻す物語

 懐かしい思い出がロマンチックな反面、更紗の人生はあまりにも過酷だ。それでも彼女は自分を傷つける誰かを責めない。「重いことはそれだけで有罪だわね」(p.128)と言って、重荷になった娘を置いて去っていった美しい母のことも、「人工的な葡萄の香り」(p.177)に似たまがいものの愛を押し付けてくる恋人のことも、彼女は許す。「抑圧されていたと言うのは簡単だけれど、その分、わたしが享受していたものもある」(p.197)と言って彼女は彼らを断罪せず、寄り添いたくても寄り添えない人の弱さ、どうしようもなさを寛容に受け止めるのである。

ひとりのほうがずっと楽に生きられる。それでも、やっぱりひとりは怖い。神さまはどうしてわたしたちをこんなふうに作ったんだろう(『流浪の月』,東京創元社,p.225)

 彼女はそう言う。ある意味この物語は、ひとりでは生きられない、けれど「共に生きたい誰か」と寄り添って生きることがそう容易いことではないことを知っている人々の、哀しくも美しい、覚悟の物語なのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『流浪の月』
著者:凪良ゆう
出版社:株式会社 東京創元社
価格:本体1,500円+税
<発売中>
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488028022

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