男は女を理解しないまま愛するーー角田光代訳『源氏物語』が伝える、千年経っても変わらない恋愛模様

 おそらく角田光代という現代の恋愛小説作家は、この『源氏物語』にひそめられた、紫式部の男女という「わかりあえなさ」への絶望を、すみずみまでくみとりながら訳したはずだ。紫の上に対する源氏の心情「怨じ果てたまふことはなかりしかど」を「心底恨みぬくようなことはなかったけれど」と現代語訳した角田訳。だけど本当は、紫の上は源氏を、はっきりと、心底恨んでいたのだ、という言葉が暗に聞こえてくる。

 恨んで死んでいった紫の上。だけどそれをわかることはない光源氏。そんな男女のすれちがいをすみずみまで表現したのが、角田光代訳の『源氏物語』なのかもしれない。

 紫式部が綴った、紫の上が「怨じ果てたまふことはな」かった、という古語の裏に、「本当は『怨じ果て』て死んでいった紫の上」の影を感じる。紫式部から角田光代に至るまで、ふたりのわかりあえなさは、千年後も伝わっているのである。

■三宅香帆
1994年生まれ。高知県出身。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)、『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)がある。

■書籍情報
池澤夏樹=個人編集 日本文学全集『源氏物語』上中下(全3巻)
訳:角田光代
出版社:河出書房新社
<発売中>
http://www.kawade.co.jp/genji/

関連記事