Toi Toi Toi 山田せいあ「自分もまだ夢を追えるかもしれない」 30歳だからこそ見える景色 波乱万丈のアイドル人生を語る

Toi Toi Toi 山田せいあが語るアイドル人生

 KAWAII LAB.擁するアソビシステムが、昨年2月に発足した新アイドルプロジェクト・PEAK SPOT。同プロジェクトより、fav me、log youに続く、3番目のグループとしてデビューしたのがToi Toi Toiだ。元キャバクラ嬢やグラビアアイドルなど、多彩なバックボーンを持つメンバーが集まるなかで、多くのアイドルグループを経験し、最年長としてグループを支えているのが山田せいあである。

 そんな山田は7月に誕生日を迎え、シーンでも珍しい30歳の現役アイドルとなった。節目の年、山田はアイドルにおける“30歳”という年齢をどのように捉えているのか。リアルサウンドでは、紆余曲折/波乱万丈のアイドル人生を振り返ってもらいながら、インタビューを通してその答えに迫った。(編集部)【インタビュー最後にプレゼント情報あり】

【オリジナル動画】Toi Toi Toi 山田せいあ、30歳の抱負

【すべて融合させて…】Toi Toi Toi 山田せいあ、30歳の抱負

一度は諦めた夢「もう、アイドルとは縁がない人生なんだ」

Toi Toi Toi 山田せいあ

――山田さんがアイドルに興味を持ったきっかけは何だったんでしょうか?

山田せいあ(以下、山田):中学生くらいの頃、AKB48さんが大人気で、知らない人がいないくらいの存在だったんです。「私もそんな存在になりたいな」と思うようになったのがきっかけですね。とくに、大島優子さんが大好きでした。

――最初から単なる「好き」だけではなく、「なりたい」と思っていたんですね。

山田:そうです。AKB48さんを好きになる以前から、浜崎あゆみさんや氣志團さんが好きで、アイドルさん以外のライブにも行っていたんですけど、そのたびに「自分もあっち側に行きたいな」「自分だったらこうするのかも」と思っていました。ただ、AKB48さんってグループアイドルじゃないですか? 山田は団体行動に向いていないので、AKB48さんに入りたいとは思っていなかったです。「活動するならソロがいいな」と考えていました。

――そんなに向いていないんですか?

山田:向いていないです! 山田は、周りの人の感情を読み取っちゃうクセがあるんですよ。「今は話しかけられたくなさそうだな」とか「機嫌が良くなさそうだな」とか。そうすると、自分もそれに合わせなきゃと思ってしまうので、疲れるんですよね。

――でも、その頃にアイドルグループのオーディションを受けていますよね。

山田:そうなんです。今では国民的アイドルになったグループの初期メンバーオーディションだったんですが、「このグループはきっと、今後時代を作っていくな」と感じて、ノリで応募しました。山田は昔から自分を過信するタイプなので、「自分は何者かになる人間だから、受かるだろうな!」と思って受けましたね(笑)。それが、中学3年生のときでした。

 そうしたら本当に最終選考まで進んで、東京まで受けに行くことになったんです。北海道に住んでいたのでひとりで勝手に行くわけにもいかず、ここで初めて親にオーディションを受けていると打ち明けて。「東京に行く飛行機代を出してほしい」とお願いしたんですけど、猛反対されてしまいました。

Toi Toi Toi 山田せいあ

――活動自体がダメだと言われてしまったんですか?

山田:いえ、活動には反対していなかったんですけど、高校受験の真っ只中でタイミングが悪かったんです。それに、親としては高校を卒業するまでは北海道で過ごしてほしかったと思うので、無理に「最終選考を受けたい」とも言えず、辞退をしてしまいました。めちゃくちゃ泣きましたね。

――惜しいところまで進んでいたし、「もしかしたら」がありましたもんね。

山田:なので「もう、アイドルとは縁がない人生なんだ」と思って。そのあとは、ほかのオーディションを受けることなく高校に進学して、普通に高校生活を送っていました。で、高校3年生になった頃、友達が北海道のご当地アイドルになったんですよ。それを見て「みんなにチヤホヤされていていいな」「私のほうがもっとできるはず!」とか思っちゃって(笑)。気づいたら、その子よりも大きな事務所を探していました。

――「負けるか!」と(笑)。

山田:すごく仲の良い友達なんですけどね(笑)。それで、その年のうちに北海道を拠点にするアイドルグループのフルーティーというグループに所属することになりました。これが、はじめてのアイドル活動ですね。

――ところで、自分を過信するクセがあると言っていましたが、子どもの頃からなんですか?

山田:そうです。運動会でも、絶対に1位をとる気でいましたし、何につけてもそうでした。

――で、実際に1位をとったり?

山田:そうですね。書道もやっていて、メダルやトロフィーもたくさんいただいていました。

――すごい。できる子だったんですね。

山田:たぶん器用貧乏なんですよ。何かを極めたいみたいな思いも特に無く、全部中途半端な人生を送っていました。でも、そういう性格がアイドルには活きていると思います。アイドルってどんな能力も求められるし、何をしていてもアイドルとして成立するので。自分の性に合っている職業なんだなと、今となっては思います。

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――2014年、高校3年生でフルーティーに加入しました。憧れのアイドル生活はいかがでしたか?

山田:理想と現実はすごく違うんだなと思いました。当時の山田は、芸能活動をやりたい気持ちこそあるんですけど、大好きな家族がいる北海道からも離れたくなかったんです。それが、フルーティーの掲げる“北海道から全国へ”というコンセプトとマッチしているなと思って入ったんですけど、実際に活動してみると限界を感じたんです。

 仕事はたくさんいただいて、毎日忙しくしていたんです。東京遠征も毎月していたんですけど、アイドルを“芸能活動”として考えると、メディア露出が少ないなと思いました。

――山田さんはメディアに出たかったんですね。

山田:私はテレビをすごく観ていた世代なので、テレビに出ること自体に強い憧れがあったんです。そもそも大島優子さんが好きだったのも、バリバリにバラエティで活躍している姿が素敵だったからなんですよ。もちろん、バラエティって楽しいだけじゃないだろうし、見えないところで大変な思いをされていたと思うんですけど、それでもお茶の間を笑わせてくれていて、私もすごく元気をもらっていたので。「アイドルになったら、ライブをしてテレビに出るんだ!」みたいな、そういう活動を思い描いていました。だからこそギャップに戸惑ったんですよね。

――ただ、フルーティー時代に氣志團の綾小路翔さんと出会っていますよね。山田さんの憧れの存在です。

山田:そうなんです! アイドルグループのコンテスト(『愛踊祭』)で、でんぱ組.incさんがアンバサダーをされていたので、「でんぱ組.incさんに会いたい!」という気持ちもありフルーティーとしてグループで出場しました。結果は振るわなかったんですけど、コンテストの関連番組で、(番組に出演していた)翔さんが私のことを話題に上げてくださって。後日、その番組のスタジオに呼んでくださったんですよ。私ひとりを、名指しで!

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――それだけ、山田さんに光るものを感じたんでしょうね。

山田:そうだと思いたいです……! 以来、注目していただくことも増えて、メディアに出る機会も増えました。ありがたいです。

 ちなみに、翔さんは今でもずっと良くしてくださっていて、ライブにも招待してくださいます。私が行けないときは、私の家族を招待してくださいますし、私の弟の結婚式にもサプライズで動画を送ってくださったんですよ! もはや家族ぐるみでお世話になっています。またいつか、お仕事でもご一緒できたらと思っているんですけど、それにはまだ私の実力が追いついていないと思うので。まずは力をつけてからご一緒したいですね。そして、『氣志團万博』に出るのが夢です!

――良い出会いですね。一方、フルーティーとしては3年ほど活動し、2017年に卒業しました。理由を聞いてもいいでしょうか?

山田:私は家族が大好きで、家族との時間を大切にしたいと思っているんですけど、アイドルを始めてから家族と一緒に過ごす時間が一気に減ったんです。そんななか、ひいおばあちゃんが亡くなったんです。私はひいおばあちゃんにいちばんかわいがってもらっていたんですが、最期に会うことができなくて。入院中も「いちばん会いたがってるよ」とずっと言われていたけど、一度も行けませんでした。これが大きかったですね。「もっと家族との時間を大切にしたい」「自分と向き合いたい」という思いが強くなって、アイドルを辞めて。北海道で普通に働き始めました。

――どんなお仕事をしていたんですか?

山田:通信機器のサポートセンターです。「Wi-Fiが繋がらない」とか、「機器が故障した」というお問い合わせに対して、「こうすると直りますよ」と電話で案内する仕事をしていました。働いていた期間は、1年くらいですかね。

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