My Hair is Bad、自身の核と向き合い辿り着いた最高純度の『cats』 今、改めてラブソングに注ぎ込んだ剥き出しの生き様

なぜMy Hair is Badは再びラブソングと向き合ったのか
――「ダイヤモンド」もそうですし、今回のアルバムは全体的に“男の気持ち”という部分にフォーカスが当たっていますよね。性別云々の話ではないのかもしれないけど、でもやっぱり“男の気持ち”と表現するのがしっくりくる。もう手が届かないものに、それでも必死に手を伸ばしている男の気持ち、というか。
椎木:(笑)。おっしゃる通りだと思います。
――それはMy Hair is Badが初期から表現してきたことの根本にあるものだと思うんですけど、やはり「ダイヤモンド」の制作で秀吉さんが椎木さんに言った「奥にある気持ち」を探っていたから、でしょうか?
椎木:そう思います。僕ももう30代半ばで、周りにも年下の子が増えているし、どんどんと“お兄さん”がやれるようにはなっているんです。優しい言葉を選べたり、自分の気持ちよりも物事をスムーズに進めることを優先した言葉を自然と選んだり、そういうことができるようになってきていると思う。でも、根本にはそうじゃない自分もいると思っていて。凄く臆病な自分が本当はいる。だからほかの曲では、最初に殴り書いた段階で出てきた言葉の中にいる、そういう自分を修正しないで出した曲が多いんですよね。
――最初に言っていた「もう一度ラブソングを書きたかった」というのも、今話してくださったことと少なからず繋がっているんじゃないかと思うんですけど、改めてラブソングに向き合おうと思ったのは、なぜなんですか?
椎木:ここ最近は、人生についてとか、達観したことを歌うことが多かったなと思っていて。コロナ禍にスピリチュアルなものを好きになったり、いろんな言葉に僕自身救われたりしたから、「ステージの上で、自分が救われた言葉をそのまま言いたい」とか、誰かをふわっと軽くできる1行を渡せたら、と思っていたんですけど。でも、やっぱり好きなんですよね、ラブソングが。もちろん根本的には、20代のラブソングは20代が書けばいいと思うんですよ。今自分がラブソングを書きたいと思うのは、下に降りていきたいわけではなくて。30代の自分が今感じていることを表現するものとして、自分の核にあるものを表現するものとして、ラブソングをもう一回書きたいと思ったんですよね。「今、書いておくべきだな」と思うことを書きたいと思ったし、そういう意味で、改めてラブソングに向き合いたかった。もう一回、ステージの上でラブソングを汗だくで歌いたいなと思ったんです。

――例えば「青いソファの上で」も、「愛着」も、その人なりの歴史を抱えていたり、痛みも知っていたり、そういう姿が描かれた成熟したラブソングですよね。
椎木:ありがとうございます。
――改めてですが、椎木さんはなぜそんなにラブソングという表現形態に惹かれるのでしょうか?
椎木:10代の頃からいろんなバンドのラブソングを聴いて、自分が経験していないことでもそこに描かれている心の動きに無性に切なくなったり、逆に「よかった!」と思ったり……これはもう癖(へき)みたいな感じなんですよね(笑)。ひとりで勝手にセンチメンタルになったり、悲劇のヒロインみたいな気持ちになったり。そういうのが僕は得意なんだと思います。あと、僕らはインディーズデビューした時、メロディックパンクのレーベルにいたんですよ。周りは英語のバンドばかりで、日本語のバンドは全然いなくて。そんな環境だったから、周りの人たちが「椎木はラブソングの達人だな!」みたいな感じで、めっちゃ上げてくれて。恥ずかしいんですけど、若かりし僕は「そっか、僕はラブソングが得意なんだ!」とつけあがった。その気になっちゃったんです(笑)。
――(笑)。
椎木:それからかな、「ラブソングを書くのが、自分の凄くいいところなんだ!」ってずっと思ってます。10代の頃にそう思わせてもらって、だから今もラブソングが好きだし、「自分はこれが得意なんだ」ってずっと思い続けていますね。
――今回も、例えば「青いソファの上で」は、歌詞の中ではソファの色は明言されていなくて、タイトルだけにその情報は忍ばされている。こういう感じで、椎木さんが書くラブソングは背景に具体的な物語や情景があることを感じさせつつ、歌詞ではそれが説明的に描かれるわけではないんですよね。だからもの凄く想像が膨らむし、「これってどういうことなんだろう?」と考えさせる。こうしたラブソングの書き方について、こだわりはありますか?
椎木:それは、たぶん言葉足らずなだけなんですよね。ちゃんと言葉が足りているラブソングを書く人たちはいっぱいいて。そういう人たちの歌詞は、彼女がどっちの方向を向いていて、誰が振り返って、どういう気持ちになったか、みたいなことをちゃんとわかるように書いてある。でも、僕は頭の中にバーッと浮かんだ情景をそのまま書いているから言葉が足りなくなる。今回、秀吉さんと歌詞の擦り合わせをしている時に、「自分にはこういう画が見えているんです」と伝えたら、秀吉さんに「僕には全然違う画が見えてた」って言われたんですよ。それは言葉が足りないからだと思うんですけど、じゃあ説明を加えればいいのか? というと、それは自分としてはちょっと余計なんですよね。なので、僕は僕の気持ちのいいバランスで書いていて、あとは聴いたみんなに「任せたよ」って投げている(笑)。だから、今言ってもらったように感じてもらえていると救われますね。よかったなって思う。
――今作の収録曲で言うと、個人的には「秋めき」の歌詞は官能的にすら感じました。
椎木:ありがとうございます。これも僕の癖(へき)なんですけど、やっぱり僕、教室がずっと好きなんですよね。もちろん自分の中で美化しちゃっている部分もあると思うけど、もうちょっとフラットに、まだ教室を舞台にセンチメンタルな曲が書けるじゃないかなと思って書いたのが「秋めき」で。どばどばどばっと自分の中から出てきた状態のものからほぼ変えていないので、これは完全に僕の趣味というか、誰に渡すわけでもなく書いたような曲なんです。僕はこの情景が凄く綺麗だと思っていて。しかも、この曲はギターをもう1本重ねることもせず、本当に3つの音だけでレコーディングしているんです。そのピュアさも、この言葉を押し出してくれているような気がします。
――山田さんと山本さんは、椎木さんという「ラブソングを汗だくで歌いたい」ボーカリストがいるバンドのリズム隊であることを、どんなふうに感じていますか?
椎木:凄いこと聞くなあ(笑)。
山田:(笑)。正直、僕はそもそもラブソングを聴くタイプではなかったので、昔は椎木が書く歌詞に共感はできなかったんですけど、でも、やっぱり汗だくでラブソングを歌う奴なんてそんなにいないんですよね。今となってはこれが自分たちの強みになっていると思ってます。歌詞が“弱さ”を表現しているぶんドラムは強くいこう、っていうのも昔からずっと思っていることでもあるので。間違いなく、椎木がラブソングを歌うことはこのバンドの強みだと思ってますね。
山本:僕はラブソングもメロディックパンクもどっちも好きだったので(笑)、今回の1曲目の「超やばい猫でごめんね」もメロディックパンクの血を入れてノリノリで弾いたし、それに思えば、当時のメロディックパンクの人たちも、英語だっただけで実はラブソングを歌ったりしていたんですよ。「それなら日本語で歌った方がわかりやすくない?」とも思っていたので、それを汗だくで歌っている椎木はかっこいいなと思いますね。

「“一番かっこいいMy Hair is Badを作らなきゃ”ってとにかく思い続けている」(椎木)
――アルバムの中で、例えば「hell see.」と「Maybe うちら無敵ぢゃん」はある意味両極端なエネルギーを発している曲たちですよね。「hell see.」は労働に疲れ切ってブチギレている人という感じがするし、「Maybe うちら無敵ぢゃん」は文字通り無敵のギャルという感じがする。物語性のあるラブソングが多い本作の中に、こういう極端な感情の爆発力を持った曲たちがある理由、入れたいと思った理由って、椎木さん的にはどんなところにありますか?
椎木:この2曲も、どっちも自分なんですよ。「hell see.」も、働いている人たちに捧げた曲っていうわけじゃなくて、本当に僕がただ愚痴っているような曲だし、「Maybe うちら無敵ぢゃん」も、これ僕(笑)。こういう自分もいるんですよ。メロディや言葉に引っ張られることによって、自分の中にあったものが「ずっとここにいましたよ!」って、生き生きと出てきた曲たちなんです。だから「なぜこのアルバムに必要か?」と言われれば、この気持ちが本当に僕の胸の内にあるから、ですね。ただ「Maybe うちら無敵ぢゃん」に関しては、ギャルをファッション的に扱うとシャバくなっちゃうなと思って、ギャルのVlogとかをいっぱい見て、現代のギャルを勉強して向き合って書きました(笑)。
――凄い(笑)。「summer without flowers」は「死」がテーマになっていると思うんですが、この曲はどのようなイメージがありましたか?
椎木:もし自分が急に命を落としたとして、僕は、「僕、絶対に死んでない」って言い張ると思うんですよ。「そんなわけない」って。諦めないと思う。そういうことを書こうと思ったんですけど、でも「僕が通り過ぎた時、彼女の髪が揺れた」とか、そういうドラマチックな終わらせ方をするよりは、もっとシンプルに、主人公はもういない存在として書き切りました。現実は主人公の死を受け入れながら進んでいるんだけど、死んだことを受け入れきれない主人公の彼だけがウワーッと喚いている。実際は、そういうものなんじゃないかなと思って。
――ドラマチックさを演出するよりも、曲の世界観に対してリアルな方を選んだんですね。
椎木:そうです。もちろん残された人の記憶には残ると思うし、だから花を添えたりするんですけど、でも、いなくなったものは、いなくなる。そのくらいシンプルなんだよなと思って。
――アルバムの最後を飾る「闘いは美しい」は、「戦争を知らない大人たち」などを思わせるポエトリー調の楽曲で、本当に凄まじい楽曲だと思いました。この曲が最後にあることで、アルバムの余韻をとても深く壮絶なものにしていると思います。この曲はひとつの命の生き様について歌った歌だと僕は解釈しましたが、どのように生まれた曲ですか?
椎木:My Hair is Badには何曲かポエトリーの曲がありますけど、ある意味、昔掘った穴ではあるので、「じゃあ別の穴を掘りに行こう」と思ってやってきたのがこの4、5年だったんですよね。でも、掘ったと思った穴をさらに奥まで掘ってみれば、また違うものが出てきたり、さらに深まるんじゃないか? って、ミュージシャンの先輩と話していた時に感じて。それで、もう一回ポエトリーを書いてみようと思ったのが書き始めたきっかけでした。ふたりにも「アルバムにポエトリーを入れさせてほしい」と相談して、アルバムの中で最後に書いたのが「闘いは美しい」です。ラブソングをいろいろ書いてきたアルバムだけど、最後はどれだけ暗くなっても、どれだけ痛々しくなってもいいから、今の自分の気持ちを書き切ろうと思いました。
――結果的に、この曲には椎木さんの中にあるどんなものが表れたと思いますか?
椎木:僕の中でこの曲で一番重要なのが、この曲の主人公は最初怖がっているけど、最後には視野を広げて、「星座になればいい」っていうくらいでっかく考えていることなんです。それで、彼は最後に花火のように打ち上がる。この曲を書いている時、同い歳のバンドマンから電話がかかってきたんです。僕、変な電話は出ないんですけど、うっかり出ちゃった日があって。そいつは今もバンドをやっているんですけど、もう7、8年会っていなくて。急な電話だったから「結婚でもすんのかな?」と思って喋ってたんですけど、10分くらいずっと他愛のない話をしていて。「で、なんなの?」って聞くと、「いや、話したかっただけ」って感じで。そいつも事故に遭ったり、具合が悪かったりして、「寝れない」って言って同じことをずっと繰り返し話してくるし、わけわかんなくなってて。でも、その電話にはなんか付き合っちゃったんですよね。「同じこと言いすぎ!」とか言って。そしたらそいつが急に、「俺は椎木の今の状況も立場もわからないけど、最後は、おまえは夜空に打ち上がって星座になった方がいいよ」って言ってきたんですよ。アルバム制作にめっちゃ根詰めていた時期だったんですけど、その言葉を聞いて「ああ!」ってなって。「そうじゃん!」って。忘れてた、ずっとすげえ小さいところを見てたけど、もっと好き勝手やって、自分を曝け出して終わっていいんだ! って、凄く救われたんです。で、「それ、そのまま曲にしちゃう」とか言って(笑)。すげえ大事な言葉をもらったので、それを歌いたかったんですよね。
――終わり方、死に方、そういうものについて歌われている曲とも言えますよね。
椎木:この曲は自分自身の話なので。どれだけビビっててもステージの上ではカマさなきゃいけない。そういうことをずっと続けてきて、年齢も上がってきて、闘う螺旋からはもう降りられない。降り方もわからないし。「誰も聴かなくていいから好きなことだけやろう」なんて思えないし、「一番かっこいいMy Hair is Badを作らなきゃ」ってとにかく思い続けている、その螺旋の話です。だから武器をずっと持っているし、武器を降ろしたら死ぬこともわかっている。でも、始めたものはいつか終わりは来るから。終わりは必ず来ちゃうからこそ、終わり方、幕の閉じ方について歌いたかった。もし終わりが来るのなら、静かに幕が閉じるんじゃなくて、打ち上がって星座になりたい。その覚悟の歌です。



















