マイケル・ジャクソンは天賦の才だけでは語れない 栄光と孤独の表現に宿る文化的DNA――高橋芳朗が5つのキーワードで紐解く

マイケルに流れる文化的DNAを紐解く

4. 『オズの魔法使い』

 幼少のマイケルが『オズの魔法使い』の原作本を開く――劇中にそんな場面がある。家庭で吹き荒れる父の暴力から、彼は空想の世界へと逃げ込んでいく。“故郷へ帰る道を探す”というこの物語の主題は、理想の家庭を求め続けたマイケルの生涯に、そのまま重なるものだ。だが『オズの魔法使い』が彼の運命を決定づけたのは、もう一つ別のかたちでだった。

ジャクソン5
マイケル・ジャクソン(The Jackson 5時代/写真=Shutterstock/アフロ)

 
 1978年、マイケルは『オズの魔法使い』を黒人キャストで翻案したミュージカル映画『ウィズ』でかかし役を演じた。生涯唯一の本格的な映画出演である。脳みそがないと思い込みながら誰より知恵が回るこの役どころに、彼は自分を重ねたのかもしれない。ところが『ウィズ』がもたらした最大の収穫は、役でも歌でもなかった。撮影現場での、音楽監督 クインシー・ジョーンズとの出会い。それがすべての始まりだった。ソロ作のプロデューサーを誰に頼むべきか相談したマイケルに、クインシー自身が名乗りを上げた。こうして生まれたのが『Off the Wall』(1979年)、続く『Thriller』(1982年)、『Bad』(1987年)だ。史上最も売れたアルバムへと至る道は、ドロシーの黄色いレンガの道のように、ここから一本につながっていた。“故郷を探す旅”という『オズの魔法使い』の主題は、そのままマイケルの自己発見の物語でもあった。

The Wiz | "Ease On Down the Road" Performed by Diana Ross and Michael Jackson
クインシー・ジョーンズ
クインシー・ジョーンズ(写真=REX/アフロ)

5. チャーリー・チャップリン

 本作には、チャップリンにまつわる場面が2つある。ひとつは、母 キャサリンと『モダン・タイムス』(1936年)を楽しそうに見入るマイケル。彼は観終えて自室へ戻る道すがら「Smile」を鼻歌で口ずさむ。もうひとつは、小児病棟への慰問だ。病床の少年に「テレビは見る?」と問われてチャップリンの名を挙げると、少年は「ダサい」と笑う。マイケルは優しく諭すのだ。「違うよ。彼は素晴らしい人だ。役者で映画監督、それに曲も書くんだ」。屈託のないスラップスティックも、マイケルは無邪気に愛した。劇中に顔を出す『三ばか大将』は、格好の例だろう。

チャップリン
チャーリー・チャップリン(写真=Album/アフロ)
Charlie Chaplin - Factory Scene - Modern Times (1936)

 だが、そんな純粋な笑いを超えて、チャップリンだけが授けたものがある。“悲しみ”の描き方だ。ともに幼くして芸の世界に立たされ、少年期を生きられなかった2人。笑いの裏に痛みを忍ばせ、道化を演じながら観客の胸を締めつける。マイケルが惹かれたのは、チャップリンの二面性だった。その悲しみを1曲に結晶させたのが、思わず口ずさんでいた「Smile」である。書いたのはチャップリン。監督も脚本も、そして音楽さえも自ら手がける作家だった。作品のすべてを一人で背負う姿勢を、のちにマイケルは自らに課すことになる。彼は1995年にこの曲をカバーし、生涯の愛唱歌と公言し続けた。マイケルの死を悼む追悼式で兄 ジャーメインが手向けたのも、同じ歌だった。喜劇と悲哀、栄光と孤独。その振幅をまるごと引き受けたところにこそ、“キング・オブ・ポップ”の陰影は宿っていた。

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