椎名林檎、13年ぶりの『党大会』は息を呑む至福の空間に 新たな息吹が吹き込まれた“ラブソングの苦味”を堪能

 椎名林檎が『党大会』と銘打った公演を行うのは13年ぶり。しかも前回は5回公演とはいえ東京・Bunkamuraオーチャードホールでの『椎名林檎十五周年 党大会 平成二十五年神山町大会』のみだったが、今回は全国8会場18公演になる“全国巡回”だ。前回の『党大会』は、デビュー15周年と彼女の35回目の誕生日が重なる特別な公演だった。今回は節目的な意味合いは持たせていないけれども特別な公演であることに変わりはない。また前回の『党大会』はストリングスやハープ、ピアノなどによるアコースティック編成で、楽曲と彼女の歌に新たな息吹を与えていたが、この公演の演奏者は椎名を入れて12人。ドラム、ベース、ギター、鍵盤のバンドに、3人のホーンセクションと4人のストリングスカルテットが加わる編成だ。腕達者を揃えた演奏とともに、この13年に重ねてきた経験と新しく生まれた楽曲によって、さらなる高みに至るライブを彼女は実現してみせた。この巡演の後半、4月30日に開催された東京・すみだトリフォニーホールでの公演の模様をお伝えしよう。

 ストリングスのみの演奏で「ポルターガイスト」が始まると、王冠モチーフのヘッドドレスと黒いケープを纏って登場した椎名。待ちかねたオーディエンスの拍手に応えながらセンターへと進み柔らかに歌い出すと、細やかにテンポを揺らす歌とストリングスが息を合わせ、密やかな感情を映した心地よい揺らぎが伝わってきて、生演奏ならではの楽しみを味わえる至福の幕開けとなった。ストリングスにバンドの演奏が加わった「おいしい季節」では少々色っぽく歌いながらケープを脱ぎ、キュートな歌を聴かせながら露わになった肩を揺すってリズムを取りつつ、チューブラーベルを鳴らしたのは「カプチーノ」。大人びたバラードに仕立てた「茜さす 帰路照らされど・・・」ではムーディに、「少女ロボット」では軽快に、声のトーンや発声を自在にコントロールしながら歌う様子に引き込まれてしまう。ジャジーに仕立てた「化粧直し」からジャズのスタンダードナンバー「cry me a river」と続けたあたりは、このバンドの本領発揮と言いたい演奏になった。

 この巡回公演は発表の際に「今回は、党大会に相応しい、音響に定評のある会場を選りすぐりました」(※)と告知された。発表された各地の会場は、いずれもクラシック音楽の殿堂であり、すみだトリフォニーホールもそのひとつだけに楽器の音が滑らかに場内に広がり、歌声が豊かに響いてくる。純粋に音楽を、楽曲を、歌を聴かせるステージだ。近年はアリーナ公演が多く、映像やセットなどを組んだ大掛かりなステージで楽しませることを旨としたライブであったことを思うと、今回はまるで別世界と言ってもいい。これほど振れ幅のある表現をどちらも隙なく実現してみせる椎名林檎という表現者に、改めて魅入ってしまうのだ。一旦ステージ袖へと捌けた後、彼女の声が流れた。

「ようこそ、『党大会』へ。前回とは打って変わって、苦味に焦点を当ててお送りしております。苦いといっても様々です。今回は思い切って、いわゆるラブソングのみに絞りました。作詞の上で私が苦手としているモティーフでもありますけれど、15歳からつい先ごろまで、都度、一所懸命に書いた作品たちです。今、生身の私なりにお届けしたいところ」

 この公演の趣旨を伝えた後で、メンバーを紹介。石若駿(Dr)、鳥越啓介(Ba)、名越由貴夫(Gt)、林正樹(Pf/Key)、村田陽一(Tb)、西村浩二(Tp)、山本拓夫(Ts/Fl)、吉田宇宙(Vn)、名倉主(Vn)、奥田瑛生(Va)、林田順平(Vc)の11人は、ソロも含めて多彩なジャンルで活動する面々。MCに続き、影からの歌を聴かせた「秘め初め」はロックとジャズとクラシックを自在に越境し、ユニークなサウンドを作り出す彼らの演奏に大きな拍手が送られた。

 石若が銅鑼を鳴らすとグリーンのドレスに衣装を変えた椎名が再登場し、クリスチャンルブタンと一目でわかる赤い靴底のハイヒールパンプスで歌うのは「SI・GE・KI」。読経のように抑制した声色で、影から流れる向井秀徳の声と絡んでいく。苦味はたっぷりな曲ながら「これはラブソングなのか?」とうっすら思ってしまったが、彼女の言うラブソングは幸福に成就するものではないらしい。13年前の『神山町大会』が斎藤ネコによるロマンチックなアレンジが印象的な“甘党大会”だったことを思い出せば、キリッとした切り口の演奏になっている今回を“苦味”と言うのも頷ける。ブルージーかつポップな雰囲気が椎名らしい「おこのみで」、打楽器を使ったアレンジが新鮮だった「迷彩」、スキャットも入れてスウィンギーに聴かせた「錯乱(TERRA ver.)」と、バンドとの呼吸が見事に合っていく。畳み掛けるように続けた「薄ら氷心中」はスリリングなジャズとなり、ジャズの名曲「take five」へと続いた。このスタンダードジャズの中に名越のロックなギターソロを入れたあたりが“林檎流”と言えようか。「TOKYO」を気怠く歌った後は、椎名の弾くピアノとストリングスだけで聴かせた「Between Today and Tomorrow」。ライブで演奏することの少ない曲にオーディエンスは息を呑んで聴き入っていた。

 ここで再びステージから離れた椎名の声が流れた「覚め醒め」は、ギター・ベース・ドラム・ピアノだけの演奏で聴かせた。そして、椎名が「至宝」を歌いながら羽織っていた赤いパイピングが印象的なコート(グッチとバレンシアガのコラボ)を脱ぐと、鮮やかなヴァレンティノの赤いドレス姿に。ホーンズとストリングスを活かしたコンテンポラリーな演奏が、このコスチュームに似合っていた。アンブレラやグローブなどの小物も赤で揃えたゴージャスなスタイルで歌った「パパイヤマンゴー」には歓声や拍手が起こり、ホイッスルも吹いてラテン風に盛り上げた「松に鶴」では途中でテンポを変えて、「公然の秘密」から「色恋沙汰」ではホーンズがレトロなムードを醸し出して楽しませた。そして「赤道を越えたら」でオーディエンスお待ちかねの“フラッグタイム”に。「マ・シェリ」「旬」と本編終盤はフラッグが振られる中、〈生きて、生きて、活きて居よう〉(「旬」)という歌詞が心に響いた。

 軽やかなオレンジとグレーのバイカラーのスカートに着替えたアンコールでは、「茎(STEM)」を情感豊かに聴かせ、「お会いするのは初めての方もいらっしゃると思います。また次はどちらでお会いできるでしょうか。健康第一で、どうぞよろしくお願いいたします」と締めの挨拶。最後は「ジユーダム」を、チャールストン風ステップを踏みながら軽やかに歌った。〈生きていりゃもう御の字〉という歌のままに、客席も明るくなったホールには笑顔が溢れていた。

(※)https://tour.kronekodow.com/totaikai_reiwa8/

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