ぜんぶ君のせいだ。如月愛海「生きてる=ライブ」――47都道府県ツアーを越えて海外にも届ける“全身全霊の楽しさ”

ぜん君。如月愛海、海外にも届ける“全力”

「私は辞めないからその不屈の精神を見てくれ」

ーー愛海さん自身は、この10年でのモチベーションや気持ちの変化などはありましたか。

如月:どうなんだろう。ぜん君。は万人受けするグループじゃないんですけど、知ってる人が自分たちの周りに多いっていう状態はすごくありがたいなと思っていて。その人たちの誇りでいよう、みたいな思いはありますね。自分的に成長してるのかどうかと言われたらわからないですが、10年やってきて歌うまくなったねって言われることが増えました(笑)。でも歌が上手かどうかじゃないところで、刺さる人はたくさんいるじゃないですか。そういう人になれればいいなと思います。あとは、絶対に誰もやりたくないことをやりたいです。

ーー例えば?

如月:超忙しいとか(笑)。

ーー超忙しいのは、結成以来ずっと続いていますよね。活動休止期間を除いてはリリースやツアー、ライブ活動が絶えずある状態で。

如月:自分の中では、このときは緩やかだったなと思う時期があるんですよね。一番忙しかったのが、2018、19年の4人体制の時代で。その頃は平日がほぼリリースイベントで土日はツアーだったから、住んでる部屋を解約してもいいなくらいに思ってたけど。今も同じ気持ちなんですよ。また「家いらないな」っていう時期なんで。

ぜんぶ君のせいだ。如月愛海 撮り下ろし写真

ーー4人体制の時代はZepp公演や日比谷野音(日比谷公園大音楽堂)でのワンマンライブなどを行い、キャパを広げている時期でしたね。そのときは会場を大きくしていこう、グループとしても大きくなっていこうというベクトルだったんでしょうか。

如月:そうですね。数十公演ソールドアウトが続いていた時期で、ファンの人たちがみんな入れるハコに、というのがあったので。それまで夢だった武道館を、夢からリアルに変えていくタイミングでもありました。武道館が決まった後の1~2年も47都道府県ツアーをまわってましたけど、 自分の中では活動は緩やかで。コロナ禍が明けて、今のメンバーとまわった最初のツアーとかも自分の中ではすごく緩やかだったんです。こんなに家に帰れていいのかな? みたいな感じがあったんですよね。ライブがないと逆に不安になっちゃって。これ以外の生き方がわからなすぎて……ちょっと弊害がきてますね(笑)。

ーーライブをしていないと生きてる感じがしない、みたいな。

如月:そうなんですよね。普段からずっとアドレナリンが絶えないというか。自分は仕事が忙しいのが嫌ではないし、何かを考えたり決めたりするのも好きだし、作るのも好きで。人がやりたくないなーって思ってることをやりたくなっちゃうんでしょうね。例えば、すごく高いところからジャンプしてみようとか(笑)。これは怒られますけど、ライブで人のいないところにダイブしたら、誰が助けに来てくれるかな? って実験したくなっちゃったりとか……大げさに言うとそれくらい、人生の中で「これはできないな」とか、知らないことがないほうがいいなと思っていて。

ぜんぶ君のせいだ。"無題合唱"Official MusicVideo
ぜんぶ君のせいだ。"みすふぃっとらゔぁーず" Official MusicVideo

ーーそういう考え方はぜん君。に入る以前からあったんですか。

如月:前からあったとは思うんですけど、コドモメンタル(ぜんぶ君のせいだ。所属事務所)に入ってみんなと一緒にいることで、自分は打たれ強いんだなと思いましたね。世間一般的に言われるヒト科の属性の中で、つらいことや苦しいことを、人に何かの形で伝えたいって思いやすい人間なんだなと。メンバー脱退もたくさん経験しましたけど、「脱退して悲しい」じゃなくて、「私は辞めないからその不屈の精神を見てくれ」みたいなところに自分で持っていっちゃったんでしょうね。

ーー何かが失われていくたびに、その傷を埋めるようにどんどん強くなっていっちゃう感じですかね。

如月:「こんなに傷ついていても、生きていける術はまだございます」ってなっちゃったんでしょうね。思ったより打たれ強いんだなとか、思ったより自分は辞めるという気持ちがないんだなって。そしたら、やりたいと思うことを全部やろうと思った。そこに海外でのライブっていうのも組み込まれてきて。

ぜんぶ君のせいだ。如月愛海 撮り下ろし写真

ーー今のメンバーで再始動してからはグループ全体としても“楽しい”とか、“楽しもう”という思いが肝になって活動が広がっていますが、それまでの歴史の中では、一筋縄ではいかないこともありましたよね。メンバー脱退もたくさん経験されたと思いますが、取材などをするたびに愛海さんから、ぜんぶ君のせいだ。というグループやその精神を人一倍背負っていこうという思いも感じていましたし、そこには大変さもあったのではと思います。辞めないというのもそうですが、いつ頃腹をくくった感じがありましたか。

如月:早かったです。結成時の5人体制のときには腹くくりましたね。「私これ、もう辞められないな」「このメンバーたちが活動を全うするまではとにかくいなきゃいけないな」って。だから誰かが現場に来ないってなると、玄関の前で家から出てくるのを待っていたりもしましたし、大阪に新幹線で迎えに行ったこともありました。スパッと辞める人は、たぶんそんなに悩まないと思うんですけど、辞めるか続けるか悩んでそうな子には声をかけて、「もし悩んでいるならきっと自分をつなぎとめる何かがあると思うから」と言って、一緒に社長のところに話しに行ったりとか。みんなに辞めることを伝えられない子もいたので、それは私からメンバーに伝えたり。そういうことは何十回としましたね。最初のうちに自分が辞めないってわかったから(笑)。

ーーそれは、なかなかできないですよ。

如月:当時、たぶんみんなよりは社会経験が多かったので。でも自分がやりたいと思って入ったのであれば、強豪校の部活とかって簡単には辞められないじゃないですか。芸能であろうと何であろうとその気持ちでいたので。ただ、自分も別に大人じゃないから、当たっちゃったりしたこともあったし。でも反省はしてないです、お互い様なので(笑)。

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