ジャスティン・ビーバーは“ポップスター”からひとりの“人間”へ 新作『SWAG』の変化が生んだ新たな魅力

ジャスティン・ビーバー『SWAG』での変化

 12月19日、ジャスティン・ビーバーの7枚目のスタジオアルバム『SWAG』の国内盤がリリースされた。本作は今年7月にサプライズリリースされ、『第68回グラミー賞』にて「年間最優秀アルバム」「最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム」にノミネート。「DAISIES」「YUKON」も楽曲単位で選出され、本作を通して計4部門にノミネートされるなど、高い評価を受けている。

 本稿では、ジャスティンのキャリアにおける転換点として評価されている本作の重要性を、独自の視点で掘り下げていく。

大きな転機が『SWAG』に与えた影響

 アルバムの背景には、まずジャスティンの人生におけるふたつの大きな転機がある。

 ひとつは、20年にわたって彼を支えてきたマネージャー、スクーター・ブラウンとの決別と和解だ。きっかけは2022年、ジャスティンが顔面麻痺を引き起こすラムゼイ・ハント症候群を患い、当時開催していた『Justice World Tour』をキャンセルせざるを得なくなったことだった。そのため、ツアー前金の返済問題が生じ、これをきっかけにスクーターとの関係は悪化。その後、マネージメント契約を解消するというトラブルに見舞われたが、奇しくも本作のリリース前日に約45億円を支払って正式に和解した。

 長年のビジネスパートナーとの決別はデメリットに思われるが、メリットもある。Rolling Stoneの情報筋は「スクーター・ブラウンと彼のチームから離れることは、ジャスティンが長い間望んでいたこと」(※1)と証言しているように、結果的にジャスティンは初めて“100%の創造的自由”を手に入れることになった。

 もうひとつの転機は、2024年8月に第一子 ジャック・ブルース・ビーバーが誕生したことだ。父親になるという経験は、彼の音楽に深い影響を与えている。これらの変化が『SWAG』という極めてパーソナルな作品を生み出す土壌となった。

 『SWAG』は約54分ながらも21曲収録の大作で、前作『Justice』(2021年)から4年ぶりのリリースとなる。象徴的なのは、黒一色にグレーの文字だけというアルバムカバーだ。これは情報のブラックアウト、つまり「顔を見せない」「プライバシーを守る」という意思表示であり、国内盤の解説では、「優先すべきは家族と心の平静」というジャスティンの姿勢が指摘されている。

『SWAG』ジャケット写真
『SWAG』ジャケット写真

 本作のタイトル“SWAG”とは「自分らしさを誇示する態度」を指す英語のスラングであり、20代のジャスティンにとっての“SWAG”は、派手で挑発的なかっこよさだった。しかし30代になった今、彼はその言葉の意味を再定義している。それは、静かな自信、内省的な強さ、そして完璧を装わない勇気だ。

 歌詞の面でもアーティストとしての成熟が感じられる。抽象的な愛や謝罪が多かった印象が強い過去作とは異なり、恋愛関係の岐路に立ち、許しを請いながらも相手に必要な時間を与えようとする「DAISIES」をはじめ、「WALKING AWAY」では妻との関係の危機を、「DADZ LOVE」では、父親としての喜びと責任を、「ALL I CAN TAKE」では公的生活の重圧を取り繕うことなく吐露しているように、本作では具体的な葛藤が赤裸々に描かれる。完璧なポップスターではなく、ひとりの人間としての弱さを見せる姿勢。それは10代から世界的ポップスターであったこれまでの彼には難しかったことかもしれないが、本作ではそのラインを見事に乗り越えた感がある。

 また、これらの葛藤を支えているのが、クリスチャンとしての信仰心だ。その象徴でもある、牧師兼ゴスペル歌手 マーヴィン・ワイナンズが歌う著名な賛美歌にアレンジを加えた「FORGIVENESS」について、国内盤の解説は「マーヴィンの歌声に神への感謝の念を託し、自分の精神的拠り所を明確にして締め括ることで、ジャスティンは自由奔放なアルバムにぶれない芯を与えている」と評している。

変化したサウンドが際立たせる“歌”の魅力

 音楽的にも大きな転換がある。本作は80〜90年代のR&Bやネオソウルを下敷きに、ヒップホップやゴスペルの要素を散りばめたオルタナティブR&B/ポップ作品だ。そのなかでも筆者が注目したのはサウンドデザイン面。前作は、音の立ち上がりが鋭利なデジタルサウンドが特徴的だった。対して本作は、高域の角が取れたローファイかつオーガニックな温かみのある質感が特徴だ。

 その音作りに大きく貢献しているのが気鋭のインディポップアーティスト、Mk.geeだ。アルバム『Two Star & The Dream Police』(2024年)で注目を集めたギタリスト/プロデューサーである彼は、「DAISIES」1曲のみクレジットされている。しかしながら、その特徴的なMk.geeスタイルのサウンドがアルバム全体でフィーチャーされているため、本作に大きな影響を及ぼしていることは明らかだ。

 さらにそのMk.geeの盟友であるDijonも重要なコラボレーターだ。彼は複数曲でプロデュースとソングライティングを担当しており、ジャスティン流のネオソウル/R&B、もっと言えばオルタナティブR&Bというスタイルの成立に一役買っている。なかでもダニエル・シーザーとの共同プロデュースによる「DEVOTION」のソウルフルなアプローチは、アルバムに深みを与えるハイライト的な1曲だ。

 一方で本作がMk.geeの影響を感じさせつつも、本家ほど実験的な領域に踏み込んでいないことも興味深い。たとえば、『Two Star & The Dream Police』収録の「New Low」では、ギターをグラニュラーシンセのように変態的に使用している。しかし、『SWAG』はMk.gee風のローファイな質感を取り入れつつも、ポップスターのアルバムとして成立する匙加減を保っている。実験的なアプローチを試みながらも、“ビリーバー”(ファンの呼称)がついてこられるラインはしっかり見極められているのだ。

 またこのローファイで余白のあるサウンドは、ジャスティンの歌声の魅力を際立たせている。これまでのようなデジタルで密度の高いポップスプロダクションでは、彼の声もまたミックスの前面に押し出されていた。

Justin Bieber - FIRST PLACE

 しかし、本作ではギターを中心とした温かみのあるサウンドのなかで、声が空間に自然と溶け込んでいる。たとえば、本作の魅力のひとつとして、新たにジャスティンが聴かせた「DEVOTION」でのソウル/R&B路線の歌声が挙げられるが、この響きは今回のウォームかつ隙間のあるプロダクションだからこそ、より魅力が際立つものだ。

 ボーカル表現の新たな魅力が引き出されている一方で、「YUKON」のように機械的に過度に変調された加工ボーカルが目立つ曲もある。これは一見すると奇妙に映るがインパクトを残すためのよくあるオートチューンボーカルとは異なり、ジャスティンが自身の声をシンセのような楽器として扱っていることの表れだろう。こうしたボーカルの加工は、過剰な変調以外にピッチの揺らぎや残響を加えるなど、程度の差こそあれさまざまな形で本作全体に施されている。

Justin Bieber - YUKON

 これらのことからジャスティンは、新たなボーカルスタイルを含め、自身の声の可能性を多角的に追求していることがうかがえる。

 来年、ジャスティンはふたつの大きな舞台を控えている。2月の『第68回グラミー賞』、そして4月にはアメリカ最大級の音楽フェスティバル『Coachella Valley Music and Arts Festival』で初のヘッドライナーを務める。奇しくも近年は、チャーリーxcx『BRAT』のように『SWAG』とは逆の内省ではなく外向的でハイエナジーなダンスポップが音楽シーンを席巻してきた。しかし、このふたつの舞台での評価次第では『SWAG』で提示されたアプローチが、次のトレンドとして音楽シーンを席巻することになるのではないだろうか。

※1:https://www.rollingstone.com/music/music-news/justin-bieber-creative-freedom-swag-scooter-braun-split-1235384459/

■リリース情報
『SWAG』(国内盤)
発売中
視聴・購入:https://umj.lnk.to/JB_SWAG

【国内盤CD】
・通常CD、歌詞対訳・解説付き
・品番:UICD-6237
・価格:¥3,300(税込)

【直輸入盤仕様LP】
・生産限定/帯付きLP(2枚組)
・品番:UIJS-7008/9
・価格:¥8,470(税込)

<収録内容>
01. ALL I CAN TAKE
02. DAISIES
03. YUKON
04. GO BABY
05. THINGS YOU DO
06. BUTTERFLIES
07. WAY IT IS with Gunna
08. FIRST PLACE
09. SOULFUL
10. WALKING AWAY
11. GLORY VOICE MEMO
12. DEVOTION
13. DADZ LOVE
14. THERAPY SESSION
15. SWEET SPOT
16. STANDING ON BUSINESS
17. 405
18. SWAG
19. ZUMA HOUSE
20. TOO LONG
21. FORGIVENESS

■関連リンク
日本公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/justin-bieber/
海外公式サイト:https://www.justinbiebermusic.com/
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