十明、憑依型シンガーの存在感と素朴な温かさ 新たなステップを踏み出した『QUATTRO TOUR』ファイナル

 十明が東名阪のクアトロを巡った『十明 QUATTRO TOUR 2025』、ツアーファイナルの東京・SHIBUYA CLUB QUATTRO公演。そこには、新たなステージへ進もうとする十明の姿があった。アーティストとしての魅力を全開にさせながらも、一人の人間として等身大の姿をさらけ出そうとする彼女の歌声は、かつてなく美しかった。

 バンドがオープニングセッションを繰り広げるなか、ステージに登場した十明は、時を止めるようなブレスと「Discord-disco」の歌い出しで、観客をあっという間に引き込んだ。ライブの前半では、「蜘蛛の糸」「Dancing on the Mirror」などダークでミステリアスな楽曲を中心に披露。十明は歌声はもちろん、身のこなし、衣装のシャツの着崩し方など、身体全体で楽曲の主人公になりきっている。こうして“憑依型シンガー”としての魅力を全開にさせている時の彼女には、往年の歌姫のような存在感、つい目で追ってしまうようなスター性がある。6曲目にデビュー曲「灰かぶり」が披露されたタイミングでその魅力はピークに達し、観客は「フゥ―!」と快哉を叫んだ。

 MCでは、一貫して観客への感謝が語られた。例えば、「こんなにたくさんの人が知ってくれて、曲を聴いてくれて、会いに来てくれてるんだと、入ってきた瞬間にわかって嬉しいです」「やっと目を合わせて話せて、今日は本当に嬉しい日です」など。十明のキャリアは、SNSにアップしていた弾き語り動画が、映画『すずめの戸締まり』の音楽スタッフの目に留まり、オーディションを経て主題歌歌唱アーティストに抜擢されたことから始まっている。長い間、彼女にとってファンはなかなか会えない存在だった。だからこそ、直接対面できる喜びは今も大きいようだ。

 また、ツアー出発前にリリースしたEP『1R+1』や今回のツアーに対する想いも改めて共有された。昨年のアルバム『変身のレシピ』とは違い、『1R+1』には十明のプライベートな気持ちを乗せた曲も多い。その根底には、“何かになりきっている私”ではなく、“普通に生活している普段の私”を見てほしいという想いがあるという。

 「私という人間を少しでもお伝えできるライブにできたら」と語った十明。そしてライブの後半から『1R+1』収録曲が登場。特に「ねばーえばーらんど」と「月並」は彼女の弾き語りを主軸としたアレンジが施され、“素の私を届けたい”という想いが明確に表現された。

 各曲に添えられた言葉も印象的だった。「ねばーえばーらんど」の前には、鬱病になってしまった友人を思いながら制作したことが明かされ、「苦しいところも共有できたら、みんなと少しでも繋がれたらと思って作りました」と語られた。「月並」では、「みんな、恋愛してますか?」と観客に問いかけたあと、「夜、歩いている時に“なんでこんなに星や月が綺麗なのに、一人ぼっちなんだろう?"と感じることがあって」と自身の想いを打ち明けた。こうした率直な言葉と素朴で温かいアレンジ、十明の純度高い歌声が相まって、会場には親密な温度感が生まれた。両曲を歌い終えたあと、「ちょっと緊張しちゃった」と微笑む姿も印象的だった。

 自分の心のやわらかな部分を差し出しながら、音楽を通じて、観客との対話を重ねる十明。すると、MCも徐々に不器用さが出てくるのが不思議だ。「あー……あー……」と出だしでまごつきながらも、「今日来てくれてありがとうって伝えたくて」とどうにか言ったかと思えば、「……本当にありがとう!」と最後は勢いで押し切ったり。グッズのTシャツを買ってもらえたら嬉しいとアピールする際に、「毎日(着るの)は無理かもしれないけど、週2~3回くらいは……」と急に自信をなくしたり。正直、こんなに不器用な人だったっけ? と驚かされた。しかしそれは「観客一人ひとりと誠実に向き合いたい」「距離を縮めたい」という想いの表れであり、むしろ愛らしい魅力として映った。

 そんな十明も、バンドの演奏とともに「NEW ERA」「革命」が始まれば、再び堂々とした歌い手に変わる。そして『1R+1』の収録曲「クズ男撃退サークル」では、セクションごとに変わる声色で観客を魅了。エレキギターを掻き鳴らしながら歌う「ねぇねぇ先輩」で、会場のボルテージも一気に高まった。MCで言葉を探す十明も、前を向く意志を力強く歌い上げる十明も、どちらも嘘ではない。アーティストとしての輝かしい才能と、一人の人間としての隠しようのない不器用さ。その両方を持ったまま、彼女は今、ステージに立っている。

 十明が「次が最後の曲になります」と告げると、観客が「えー!?」と声を上げる。十明はその反応に目を輝かせ、「みんなならやってくれると思ってた」と嬉しそう。他のアーティストのライブを観て憧れていたやりとりを自分のステージで実現させた、無邪気で微笑ましいシーンだった。そして「画面の中に閉じこもってた私をここまで連れ出してくれたみんなに感謝を伝えたくて」と、「GRAY」を歌唱。その歌声は驚くほど透明だった。一音一音が心に沁み込むような純度の高さで、観客は静かに聴き入っている。自己を開示しようという覚悟で挑んだライブだからこそ、一切の雑味がない歌を歌えたのだろう。十明という表現者が新しい領域に足を踏み入れたことを予感させながら、本編は幕を閉じた。

 アンコールで再びステージに現れた十明は、「今日は会いに来てくれて、本当にありがとうございます。みんなのおかげでまた頑張ろうと思えました。みんなのこと、覚えているから」と語りかけた。そして最後に披露されたのは「夜明けのあなたへ」。インタビュー(※1)で明かされた通り、現在の彼女のモードの起点となった曲だ。この曲をライブの締めくくりに選ぶことで、観客との対話をこれからも大切にしていく姿勢を示した十明は、来年3月から弾き語りツアー『十明のすもーるわーるどつあー2026』を開催することを発表した。この日のライブで見せた“素の自分の開示と観客との対話”は、さらに深まっていくことになるだろう。

※1 https://realsound.jp/2025/10/post-2202810.html

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