Fujii Kazeやアデルとの共作で話題 トバイアス・ジェッソ・Jr.、10年ぶり新作での生々しい感情吐露が意味するもの

 音楽の世界には、世界的なヒット曲に大きく関与しているにも関わらず、ほとんど人前に立つことのない人物というのがたしかに存在している。この文章を読んでいる音楽を愛するあなたも1人や2人思い当たるのではないだろうか。どんな人で、どんな顔をしているのかも知らないが、名前だけはよく見かける、そんな“裏方”の重要人物たち……。先月10年ぶりのニューアルバム『s h i n e』をリリースしたトバイアス・ジェッソ・Jr.(Tobias Jesso Jr.)も、その1人“だった”。

数々のスターとコラボしてきた“超一流の裏方”による内省表現

 トバイアスは以前、自身の名義でカルト的な人気を誇る『Goon』(2015年)というアルバムをリリースし一時的にスポットライトを浴びたものの、その後10年もの間、表舞台から姿を消すことになる。その理由は、ステージの上にいることが彼の性分に合わなかったという簡潔なものではあるが、その10年間で彼は“裏方”(プロデューサー/ソングライター)として驚くべき実績を積み上げていった。彼が関わったミュージシャンを一部挙げてみよう。アデル、ジョン・レジェンド、HAIM、ハリー・スタイルズ......ポップミュージックシーンを彩る錚々たる面々と共に彼は曲を世に送り出し、2023年には『第65回グラミー賞』で年間最優秀ソングライター賞も受賞するほどの超一流の“裏方”へと成長していった。ちなみに2024年はデュア・リパ、ジャスティン・ビーバー、さらに日本のFujii Kaze(藤井 風/最新作『Prema』に収録された「Hachikō」)などともコライトしている。

Tobias Jesso Jr. - Without You
Adele - When We Were Young (Live at The Church Studios)
Fujii Kaze - Hachikō [Official video]

 そんなトバイアスが、なぜ再び自身の名義で作品をリリースするに至ったのか。その理由は人生で最大の失恋だ。そして、彼は大失恋をきっかけに多忙なスケジュールの中で6週間、自身と向き合う時間を取り、その結果として最新作『s h i n e』の楽曲が生まれていった。

 そうして生まれた『s h i n e』から聴こえてくるのは、恐ろしく生々しい音である。収録曲の大半はトバイアスによるピアノとボーカルのみ。装飾的なサウンドはゼロではないが、デモ音源をそのままリリースしたような粗さが残り(実際、ベースとなる彼のピアノとボーカルは自身のスタジオにあるスタンウェイ社のビンテージのピアノを弾きながら歌ったものを録音したものらしい)、そこにパッケージされた環境音やピアノを叩くアタック音などは、まるで彼が隣で演奏しているような親密さを聴き手に与えている。

「I Love You」の衝撃的なアレンジには現行シーンとのリンクも

 歌詞もそのサウンドと同様に切実だ。〈Oh, I need you, yes, it's true/I wouldn't be anywhere without you/So you may forget who I am/'Cause I'll still love you(ああ、君が必要なんだ、知ってるだろ本当だって/君なしではどこにもいられない/だからたとえ君が僕を忘れても/それでも僕は君を愛し続ける)〉と「Everything May Soon Be Gone」では率直にまだ諦めきれない愛を歌い、「Rain」では、静かに別れを予期する瞬間を回想する。〈Looking at the clouds in the sky/And they’re gettin kinda dark/Is it a metaphor for you and I(空の雲を見つめてる/次第に暗くなっていく/それは僕ら二人の比喩なのか)〉。あまりにも赤裸々な言葉たちが、トバイアスが共に仕事をしてきたシンガーと比べれば不安定とさえ呼べるそのボーカルの揺らぎと同期し、胸が苦しくなるほどに迫ってくる。

 『s h i n e』のハイライトは、作中で唯一大胆なアレンジの施された「I Love You」だろう。愛の迷宮に囚われた不安を、大半の曲と同じようにピアノとボーカルで表現している曲だが、後半で突如、トバイアスの友人であるKane Ritchotteによる大音量のドラムが響き渡り、曲全体を飲み込んでしまう。その迷宮そのものがグラグラと目の前で崩れていくような劇的な展開であり、あまりにもダイナミックな感情表現だ。この衝撃的なアレンジは、少々視野を広げてみると今年各所で絶賛されている、新世代のスター DijonによるオルタナティブR&Bの傑作『Baby』の半ば予測不可能でありながらエモーショナルなコラージュ性とも繋がってくるのではないだろうか(実際にトバイアスは『Baby』のいくつかの曲に参加しているし、『s h i n e』と『Baby』は同じレーベル R&Rからリリースされている)。つまり『s h i n e』はパーソナルなテーマを持っているものの、彼の裏方として磨き上げた腕とも直結した、極めて現代的な作品でもあるのだ。

Tobias Jesso Jr. - I Love You (Official Video)
Dijon - Baby! (Official Audio)

 なお、トバイアスは海外のインタビュー(※)で「ツアーは絶対しない」と宣言しているので、ライブを目にする機会はないかもしれない。ただ、まずはこの『s h i n e』に耳を傾けてほしい。それだけで十分、彼が“裏方”として長い時間をかけて研ぎ澄ましてきた感覚とスキルを味わうことができるはずだ。そして同時に、スポットライトを浴びているかどうかに限らず、あらゆる人生は苦しく、美しいものであるということが、音を通して理解できるだろう。

(※)https://www.latimes.com/entertainment-arts/music/story/2025-11-22/tobias-jesso-jr-shine-goon-riley-keough-justin-bieber-interview

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