サザンオールスターズのライブを初めて目の当たりにした衝撃 破格の景色が広がった東京ドーム公演を振り返る

映像作品を機に振り返るサザン東京ドーム

 2025年5月28日、東京ドーム。筆者が初めてサザンオールスターズのライブを観た時の印象は、事前に想像していたどの予想とも違っていた。

 今年で33歳を迎える筆者は、ある程度年齢を重ねた自覚があるとはいえ、きっとサザンのファン全体においては、まだまだ若輩者の部類だろう。とはいえ、音楽に興味を抱くようになった小中学生の頃には、メディアから「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」や「DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜」といった当時のヒット曲が流れまくっていたし、父親がファンだったことも影響して、生まれる前の楽曲も含めて、サザンに触れる機会は非常に多かった(父の誕生日に桑田佳祐のベストアルバムをプレゼントしたこともある)。

 とはいえ、正直な話としては、いわゆる「懐かしのバンド」という括りでサザンを扱っていたように思うし、どちらかというと「今っぽい」若いアーティストに対して、より強い熱量を注いでいたのは間違いない。もちろん、Red Hot Chili PeppersやQueenのように、ロックレジェンドが今でもとんでもないライブを披露しているということは、経験として理解しているのだが、少なくとも自分の認識では、サザンは「ロックバンド」というより「J-POPアーティスト」であるという印象が大きかった。

 というわけで、初めてサザンのライブを観て何が起きたのかというと、「なんなんだ、このめちゃくちゃ格好良いロックバンドは」とただただ唖然としてしまったのである。ライブの序盤を飾った「ジャンヌ・ダルクによろしく」のゴージャスでありながらも爽やかに突き抜けたバンドサウンド(桑田佳祐の奏でるスライドギターの美しさ!)、「愛の言霊 (ことだま)〜Spiritual Message〜」におけるどこまでも深淵へと向かうかのような異次元のグルーヴ、ボブ・ディラン直系のブルースがポップ&クールに冴え渡る「ニッポンのヒール」など、さまざまな表情を見せ、そのすべてが東京ドームという巨大な会場を余裕で覆うスケールで炸裂するロックバンドとしての凄みを、ノーガードでこれでもかと浴びまくることになったのだ。

 さらに圧倒されたのが、そうしたバンドとしての凄みが、プレイヤースキルで魅了するというよりも、あくまで老若男女誰もが楽しめる「サザンのうた」を引き立てるためにあるように感じられたことである。桑田佳祐の鳴らす抜けの良いカラッとしたギター、関口和之の繊細でありながらもしっかりとボトムを支えるベース、松田弘による軽やかなタッチとタイトな鳴りが心地良いドラム、野沢秀行が打ち鳴らす確かなメリハリとポジティブなムードをもたらすパーカッション、そして、ボーカル、コーラスはもちろん、的確なキーボードの音色で楽曲の表情を豊かにする原 由子。それぞれのメンバーが持つ「歌心」のようなものが演奏の一つひとつから感じられ、まるで、全員で一つの「うた」を奏でているように見えたのである。

 だからこそ、馴染みのある名曲の数々も、ただ「懐かしい」だけではなく、「こんなに良い曲だったのか!」と目から鱗が落ちるような感覚に唸らされる。前半で披露された「せつない胸に風が吹いてた」の力強いメロディに呼応して、まるで良い風を掴んだ船のように音を前へと推進させていくバンドや、「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」の圧倒的なグルーヴをバックに(終盤であるにも関わらず)迫力に満ちた歌声で空間を射抜く桑田佳祐の姿。その、歌やメロディにバンドが呼応し、それに合わせて歌の説得力がさらに増していくという見事な循環は、日本・海外を問わず、実はなかなか見ることができないものだ。それは、「大衆音楽」であることを突き詰め、その責任すらも背負ってきた「サザンオールスターズ」という巨大な存在だからこそ表現できるものなのだろう。

 それは、ツアーの主役でもある最新アルバム『THANK YOU SO MUCH』の楽曲においても、見事に真価を発揮する。アフロビーツの影響を感じさせるビートとヒリヒリとした歌声が空間を覆う「史上最恐のモンスター」から、メンバーの阿吽の呼吸と個々のアレンジセンスが炸裂する王道のロックナンバー「悲しみはブギの彼方に」、人々の哀愁漂う生き様が音色にも投影された「暮れゆく街のふたり」など、時代もジャンルもスタイルも異なるはずの楽曲が「サザンらしい」と感じられるパフォーマンスへと昇華されていく。冷静に考えるとかなり異様な光景なのだが、それを成立させてしまうのが、あらゆる音楽性を飲み込みながら、あくまで「うた」にこだわってきたバンドの技量なのだろう。

 そうした光景を観ていると、自分でも意外なほどに、サザンの音楽を今のJ-POPシーンの地続きのものとして受け止めていることに気付かされる。サブスクリプションサービスが日本に完全に定着してから、それなりに年月が経ったが、そうした視聴環境の変化はシーン全体にも大きな変化をもたらした。少し前までは、海外のムーブメントから少し遅れて日本のJ-POPシーンを席巻したEDMのように、ある種のトレンドというものがあったが、あらゆる音楽に同時にアクセスできるようになった今、時代もジャンルもスタイルもすべてがフラットになり、「良い曲ならそれでいい」という状況になっている(米津玄師が「IRIS OUT」と「JANE DOE」という、まるで対極にあるような2つの楽曲で今のチャートをリードしているのも象徴的だ)。

 それだけでも十分に地続きに語れるのだが、さらに重要なのが「地に足のついた現実逃避体験」である。活動再開後の「フェーズ2」でロックバンドという形式自体からの逸脱を図ったMrs. GREEN APPLEのように、今の時代に強い支持を集めるのは、そのアーティストが作り上げる世界そのものに没頭し、まるでリスナー自身もその中で生きているかのような感覚を得られる「体験」にある。だが、単なる現実逃避というものは、得てして「こんなのあり得ないだろう」と入り込めないものだ。そこで、どこか現実の難しさや辛さ、痛みを投影しつつ、その上で非現実的な体験を構築することによって、そこには大きな共感が生まれ、さらなる没入感へと繋がっていく(ミセスの「ライラック」は一見するとポジティブかもしれないが、今を生きる感覚を投影した、暗い言葉で満ちている)。

 その点においても、サザンオールスターズの音楽は意外なほどにフィットする。この夏、CMソングとしてさまざまな場所で耳にした「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」を例に挙げれば、一度聞けばつい口ずさみたくなるくらいにキャッチーなメロディでありつつ、〈慣れない場所で背伸び All night / 粋な努力をただで売る〉といった具合に、そこにはつい流れに身を任せてしまう人々を警鐘する鋭い言葉があり、だからこそ長年に渡って歌い継がれているように思う(その人自体を否定しているわけではないのもポイントだ)。楽曲におけるメッセージ性の強さは得てして反発を招くものだが、大衆の支持を集めるのは、目まぐるしく動く社会の中で生きる一人ひとりの感情に共鳴するような言葉に他ならない。あくまで、そのバランスが重要なのだ。

 また、サザンの楽曲といえば、<茅ヶ崎>や<江の島>に象徴される固有名詞使いも欠かせないが、こうした言葉は、(仮にその場所や言葉を知らなかったとしても)リスナーの想像力を大きく膨らませ、より没入感のある体験を生み出す効果を発揮する(実際には一度も行ったことがないのにも関わらず、茅ヶ崎という場所に漠然とした夏っぽいイメージを抱き、もはや「茅ヶ崎」と聴いただけで夏を想起してしまうのは、きっと筆者だけではないはずだ)。そして、年月を経たことによって、それは実際の思い出の一つとなる。

 だからこそ、サザンのライブは他のアーティストと比較しても「体験」という側面が強いのだろう。筆者が実際にライブ会場を訪れた時、多くの観客が東京ドームを囲む光景を見て、「まるで夏祭りのようだ」と感じたのをよく覚えている。みんなで法被を着て写真を撮っていたり、久しぶりに会う友人との再開を喜んでいると思わしき人もいたり、親戚ぐるみで集まっている家族もいたり、親子で来ていたりと、老若男女を問わず「みんなでサザンを観る」ということ自体を一つの「祭り」として楽しんでいるように見えたのが、とても印象的で、それ自体がまさにサザンの楽曲の中にいるような体験でもあった(残念ながら今回のツアーでは披露されなかったが、「盆ギリ恋歌」で歌われている景色はかなり近いと思う)。

 今回発売される、同ツアーの千秋楽となった5月29日の東京ドーム公演を収録した映像作品『LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」』を観ると、改めてバンドとしての魅力に唸らされ、新たな発見があると同時に、老若男女問わずさまざまなファンが見せる豊かな表情が強く印象に残る。これは紛れもなく「お祭り」であり、色々と大変なことも多い現実を生きる中で、「この日のために頑張ってきた」という想いがスパークする場所を捉えたドキュメントでもある。その強度は2025年現在で見ても「破格」という他なく、サザンオールスターズという日本屈指のロックバンドだからこそ実現することができた景色がここに詰まっている。

 恐らくは今回の映像作品のリリースをもって、サザンオールスターズは少しばかりの休憩期間に入るかもしれない。だが、次の“お祭り”にまた笑顔で集まるため、今日もどこかでサザンの曲が流れているのだろう。

サザンオールスターズ オフィシャルサイト:https://southernallstars.jp

音楽ライター/ジャーナリストの兵庫慎司氏、柴那典氏、小松香里氏が映像作品『LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」』を見て語り合う座談会記事がサザン・タイムズで公開中:https://southernallstars.jp/feature/thankyousomuch_sastimes

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる