山内惠介「いい曲を生かすも殺すも歌い手にかかっている」 “心に迫る歌”を体得してきた25年の変化を語る

“思ってもみない出来事”を懸命に楽しんだステージ

——恋の歌はどうでしょう? 例えば「恋の手本」も聴く時期によって解釈が違ったり……。

山内:そうかもしれないですね。「恋の手本」は、初めてオリコンの週間総合シングルチャートでトップテンに入った曲なんです。その次が「スポットライト」で、『紅白』で歌わせていただいて。その時期は僕にとって“勝負”だったんですよね。「恋の手本」はもともと、『曽根崎心中』を舞台で演じさせてもらったときの挿入歌だったんですよ。映画『国宝』にも出てくる歌舞伎の演目ですが、劇作家の岡本さとる先生が歌詞を書いてくださって。『曽根崎心中』は実際の出来事をもとにしているので、お初、徳兵衛のことを意識して歌っていたんですね。天国にいるはずのお二人に向かって、「今日も見ていてくださいね」と。そうすることで自分の表情も変わるし、目に魂が宿るというか。先輩の方々からも褒めていただいたんですよ。五木ひろしさんに「時間がかかるかもしれないけど、長く歌っていくことで君の代表作になると思うよ」と言っていただいたり。「山内惠介にとっての『天城越え』だね」と言葉をかけてもらったこともありますし、とても大事な歌の一つですね。

山内惠介「恋の手本」Music Video

——そうやって歌に対する意識が深まり、広がることで、お客さんの反応も違ってくるでしょうか?

山内:お客様は上手い歌よりも、一生懸命に歌うことを望んでらっしゃるんだなといつも感じます。綺麗にまとまった歌もいいけれど、必死に食らいついている、ギリギリ感みたいな歌を聴きに来てくださっているというか。だから僕ね、ステージを楽しもうとは思っていないんです。スタッフの皆さんに「惠ちゃん、楽しんでね」と言われることもあるし、それはとても嬉しいんですけど、楽しんでばかりいられないのがステージなので。お客様に対するおもてなしだし、求められているものを察知しながら、歌い方やトークを変える。それはね、やっぱり苦しいんです。苦しいですけど、それを乗り越えた先に楽しみがあるんですよね。ただ、計算はできないんですよ。

——思ってもみないことが起きる?

山内:いっぱいあります、それは。ある年の東京国際フォーラムで「唇スカーレット」を歌ったときもそう。〈君にあげるから〉のところでひざまずいて歌っていたんですけど、その一番いいシーンで、尻もちついちゃったんです(笑)。5000人のお客様の前でひっくり返っちゃって、頭のなかはテレビの砂嵐みたいな状態で。「夢じゃないかな」と思ったんだけど、ミュージシャンの方々が「大丈夫?」みたいな顔でこちらを見ているし、あ、夢じゃないんだなと(笑)。「ごめんごめん、やり直しますね」って(ステージに置かれた)階段に戻って、最初からやって。「笑わないでよ!」って言いましたけど、笑っちゃいますよね(笑)。でも、その後のステージは大盛り上がり。しかも後で聞いたら、皆さん「いいもの観た」っておっしゃるんです。ステージはマラソンみたいなもので、いろんなことが起きるんですよ。ときにはすっ転ぶこともあるんだけど、また立ち上がって、盛り返して。最後にお客様と一緒にゴールするわけですよね。2時間半、一緒に感動したり、泣いたり、笑ったり。終わりよければすべてよし、です(笑)。

——好きな歌い手やアーティストであれば、どんな場面でも観たいですからね。

山内:そうみたいですね。調子がいいときは安心して観ていただけるでしょうし、何か失敗したときも「応援する」みたいな気持ちになってくれて。北島三郎さんも「だからラクしちゃいけないんだ」とおっしゃってました。それも大変なことですけど、歌が好きだからできることだなと思います。歌が嫌いだったらできないし、自分も歌に嫌われないように生きなくちゃいけないなって。

未発表曲「息子」は今だから歌える

——『ファンが選んだベストアルバム2』のボーナストラックは、未発表曲の「息子」。父親から息子への思いを綴った歌です。

山内:「息子」という曲を頂戴したのは一昨年なんですが、今だから歌える歌だなと思います。歌詞は“父親から息子”という目線なんですが、僕自身は甥っ子のことを想ったりしますね。今年20歳になったんですが、なかなか会えないんです。〈元気ならいい 笑顔ならいい/帰ってこなくて、それでいい〉という歌詞がぴったりだなと思うし、ちゃんと魂を入れて歌えているなと。

——遠く離れた子を想う、永遠のテーマですよね。

山内:作詞してくださった、もりちよこ先生は阪神・淡路大震災で姪っ子さんを亡くされているんです。ベストに入っている「傘」もそうなんですが、悲しい別れをご経験されているからこその歌詞なんですよね。僕には想像することしかできませんが、もりちよこ先生がそういうお話をしてくださったことで、もっと気持ちが入りました。

——「息子」を聴いて、親のことを想う方もいらっしゃるでしょうね。

山内:そうだと思います。ときどき実家に帰りますけど、東京に戻るとき、母親は僕の姿が見えなくなるまで手を振ってますからね。それはもう、25年前と全然変わらない。今もそうかもしれないけど、いろいろと心配もかけましたから……。そういう情景も含めて、「息子」を歌って、伝えていきたいですね。

——改めてお聞きしたいのですが、25周年は山内さんにとって、どんな意味を持っていますか?

山内:3年前くらいから、25周年を目標に頑張ってきたんですよ。僕はデビューからずっと水森先生の作品を歌わせてもらっていて。25周年でも必ず歌わせてほしいと思っていて、それが「北の断崖」なのですが、その前の2年ほどは、水森先生のメロディからちょっと距離を置いて、違う作曲家の方の楽曲を歌うことで、自分自身も成長できるんじゃないかと。

——10月から11月にかけて『デビュー25周年 山内惠介 五大都市コンサート2025』を開催中です。

山内:ベストアルバムの収録曲も参考にしながら選曲させていただいてます。なかなか悩ましいですが、周年はしっかりと大事にしていきたいですし、それをお客様にもお伝えできたらなと。自分が望んだ今を迎えられていることがとても嬉しいですね。

山内惠介『ファンが選んだベストアルバム2』

■リリース情報
山内惠介『ファンが選んだベストアルバム2』
2025年10月15日(水)リリース
2枚組:4,500円(税込)
商品概要:https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A015622/VICL-66091.html

<DISC1>
01.北の断崖
02.さらせ冬の嵐
03.紅の蝶
04.残照
05.こころ万華鏡
06.スポットライト
07.釧路空港
08.海、光る
09.風蓮湖
10.古傷
11.流氷鳴き
12.誰に愛されても
13.唇スカーレット
14.恋する街角
15.最後の嘘

<DISC2>
16.糸島富士
17.冬枯れのヴィオラ
18.愛が信じられないなら
19.霧情
20.こころ雪化粧
21.海峡浪漫
22.あなたを愛で奪いたい
23.傘
24.恋の手本
25.ちょっと、せつないな
26.網走3番線ホーム
27.涙くれないか
28.イチカバチカ
29.あなたを想うたび涙が止まらない
30.好きで好きでたまらない
31.息子 ※ボーナストラック

山内惠介 オフィシャルサイト

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