棚橋弘至「音楽ファンとプロレスは絶対に相性がいい」 引退試合目前に夢見る“100年計画”、新たな魅力の発信へ

棚橋弘至、音楽とプロレスの共通点

音楽ライブにも通ずるプロレスの魅力「とことん楽しんでもらいたい」

棚橋弘至(撮影=池村弘至)

――聞けば聞くほど、音楽ライブの楽しみ方に通じていますね。

棚橋:でしょう? なので、何も身構えることはないんです。なんなら、アイドルのライブ会場と同じようにオフィシャルでペンライトも販売していますし。思いの丈を込めてメッセージボードを掲げてくださる方もいますから。それぞれの楽しみ方で参加してもらえればいいと思います。それに、選手との距離もめちゃくちゃ近いですからね。僕なんか、勝った時は試合後に練り歩いてファンとハイタッチをすることもあります。

 最近は男女比も半々くらいで、年齢層も小さなお子さんからご年配の方まで、本当に幅広い。僕が練り歩くとお客さんがワッと集まってくださるんですけど、その時は足元に埋もれてしまいそうになる子どもたちを見逃さないように、いつも視線を下げているんですよ。せっかくプロレスを好きになってくれたんだから、とことん楽しんでもらいたいな、って。

――ファンサービスも素晴らしいですね。ちなみに、選手たちの入場曲はどのように決めているのでしょうか?

棚橋:好きな既存曲を使う選手もいますが、最近はほとんどの選手がオリジナル曲を作ってもらっていると思います。僕も入門した時にオリジナルで作ってもらいました。それが「STRANGE」というタイトルで、正直なところ「『STRANGE』って“奇妙な”って意味だよな?」って若干動揺しました(笑)。もっと「炎の○○」とか「POWER」とか、タイトルに強そうな言葉がつく曲を期待していたので。「自分ってあまり会社に期待されてないのかな?」なんて思ったこともありました。でも、使っているうちに好きになっていきましたね。

――キャリアを重ねていくと、ご自身の意向も楽曲に反映されていくものですか?

棚橋:そうですね。僕は“HIGH”という言葉が好きなので、その気持ちも汲み取ってもらって「HIGH ENERGY」という曲ができました。しばらくその曲を使っていましたが、新しい入場曲を作ることになった時に、「GO ACE!」とファンの方がコールできる「LOVE & ENERGY」を考えたんです。入場のタイミングからファンのみなさんのかけ声を聞けると、その勢いを感じます。

――棚橋選手といえばエアギターもファンを喜ばせていますが、実際にギターの腕前は?

棚橋:高校生の時にタツヨシくんっていう友達に教えてもらって、THE BLUE HEARTSの「チェインギャング」を習いました。その後も仕事で練習する機会はあったんですが、腕前はずっと横ばい(笑)。かわりに、息子が大学でバンドに入って今ギターを弾いています。なので、もう本物のギターは息子に託して、僕はエアギターでいこう、と。エアギターも、もともとはファンの声援に対して何かお返ししたいなと思って生まれたものなんです。『仮面ライダー響鬼』シリーズに出てくる仮面ライダー斬鬼っていうキャラクターがギターで攻撃するのを見て「これだ!」と。


――すぐに取り入れたんですね。

棚橋:そうです。やらずに終わる後悔よりも、やって失敗する後悔のほうが学びがあるので。もし間違っていたとしたら、「じゃあ違うのにしよう!」ってなれるじゃないですか。やらなければ答えがわからないまま進んでしまう。そのほうがもったいないですよね。

――プロレスの試合は、どのように進んでいくものなんでしょうか?

棚橋:試合の序盤では、相手の技をわざと避けなかったり、胸を出してチョップを打ち合ったりするんですが、それは「やってみろよ!」っていう虚勢の張り合いなんですよ。そうやって打ち合っていくうちに「あれ、この選手って結構強いんじゃないの?」と思わせるのも、プロレスラーの見せどころ。だって、圧倒的に弱い相手に勝っても面白くないじゃないですか。強い相手に勝ってこそ、観ているほうも応援のしがいがある。アントニオ猪木さんも「風車の理論」とおっしゃっていましたけど、相手の力を“9”引き出して、自分の力を“10”出して勝つ。「この相手、いい選手だな」「勝てるのかな?」と思わせるのも、プロレスラーの技術のひとつなんです。

――たしかに、接戦のほうが盛り上がります。でも、そうしているうちに相手にやられてしまうということはないんですか?

棚橋:よくあります(笑)。そこが難しいんです。単に倒すだけなら虚勢の張り合いなんて無駄に思えるかもしれません。でも、そういう“無駄”って、心にゆとりがないと生まれないんですよね。今の時代、なんでも無駄をなくそうという空気がありますが、それでは感情の起伏が生まれないし、エンタメも育たない。だから、“勝つ”というゴールを見据えながら、エンターテインメントとしても楽しませる。その両立ができるのは、心にゆとりを持った本当の強者なんです。

――試合中の駆け引きと真剣勝負の展開に注目ですね。

棚橋:プロレスを観ていると、喜怒哀楽が全部解放されるんです。気になる選手を見つける楽しみがあり、その選手が劣勢になると哀しくて、ヒールに反則されると「ふざけんな!」って怒りが沸いて、勝ったらもちろん嬉しい。そのすべての感情を出せるので、「小さい頃にこんな気持ちになったな」と感じることもあると思います。だから、会場に行くとスッキリするんですよね。そもそも大きな声を出すこと自体がストレス発散になりますし。それに、プロレスは年間約150試合ありますから、今日はダメでも次がある。シリーズごとにテーマがあって、駆け引きや探り合いを経て、最終戦にタイトルマッチが組まれる。一年の大きな流れがイッテンヨン東京ドーム大会から始まり、翌年の東京ドーム大会へと続いていく。言ってみれば、大河ドラマのような壮大な物語が選手一人ひとりにあるんです。

――成長物語を見守っていく楽しみもある、と。

棚橋:その物語を会社が拾い上げて対戦カードを組み込んでいく。そこで勝利して、チャンピオンになって人気選手になっていく。戦歴に加えて、「お客さんをこんなに呼びました」「こんなにグッズが売れています」というのも交渉材料になって、それをもって会社と年俸交渉をするので、やっぱりファンの存在がプロレスラーにとって全力で戦える理由なんです。プロレスラーも基本的に根っこはエンターテイナーというか、人の喜びを自分の喜びにできる人たちなんですよね。僕も小さい頃、テストで100点取った時に、自分が嬉しいのはもちろんですけど、母親もむちゃくちゃ喜んでくれたんです。そんな母の姿を見るのが嬉しくて頑張れたな、って。プロレスラーになった今も、仮に負けて悔しい時があっても、ファンの方が盛り上がってくれたら、それだけで嬉しい気持ちになることもあります。

棚橋弘至(撮影=池村弘至)

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる