古内東子、『Long Story Short』の根底にある無駄を削ぐ美学 恋愛もラブソングも「全部言えばいいってものじゃない」

思いはいっぱいあるんだけど、それを全部言うのも無粋

ーー続く、「思い出のかけら」は重厚なピアノバラードのような始まりです。
古内:どの曲もそうなんですけど、ピアノでコードを弾きながら、だんだんメロディが出てきて、そこに言葉が乗っていきます。なのでこういう曲を作ろうというスタートではないんですけど、この曲は結果的に失恋の歌になっていました。5曲目の「夏の果て」もそうなんですけれど、9月のリリースっていうのは頭のどこかにあって。9月って、もはや日本だと、夏を引きずりつつ、やっと秋めいてくるような季節じゃないですか。そこを想像して曲を作っていって。なので、「思い出のかけら」も秋の風の寂しさや切なさみたいな雰囲気から言葉が出てきたんじゃないかって思います。
ーーいつかの恋、二人でいた時間を振り返ってる曲ですよね。秋のちょっとした風の後に、「雪解け」という、タイトルとしては冬を想起させる曲になってます。
古内:9月リリースのアルバムに雪というタイトルをつけるのもどうなのかな? と一瞬、思ったんですけど、それは本当に例えであって。心の中に溶けない〈根雪〉みたいなものがずっとあって。早く溶けてくれないかな? いつ溶けるのかな? 一生しないのかな? みたいな。
ーー心の中に積もった雪=言えずにいた思いですよね。
古内:そうですね。歌の中ではその人に向かって、〈あの時、好きだった〉って語りかけているけれども、実際には今も言えてるわけではないし、きっとずっと言わないだろうっていう。そういう思いは皆さんそれぞれあるんじゃないかなって思います。
ーー哀愁漂うメロディで、この曲もホーンが効いてます。
古内:今回、ホーンを入れたいっていうのは一番最初にお願いしたところですね。さすがに全曲ではないにせよ、前回との違いとしても、ホーンが目立つものにしたいっていうのはあって。「雪解け」は私のデモから入っていたので、促しつつ、ブラッシュアップしていただいた感じですね。
ーー先ほどお話に出た「夏の果て」では〈少し涼しい風〉が吹いてます。
古内:“夏の果て”というのが季語で、夏の終わりっていう意味なんです。本来の俳句の時代に指していた“夏の果て”はたぶん9月ではないんですけど、今で言う9月ぐらいなんじゃないかなと思って。まず、季語というのがポイントなんですけど、やっぱり夏の終わりって、いつの世でも切ないじゃないですか。夏の終わりの切なさを歌にしたいなと思って。それこそ少しホーンも入れて、コンガも効かせて。切なくてカッコいいみたいな感じに仕上がりました。
ーーこれも終わった恋ですよね。
古内:焦げたバニラだったり、ちょっと夏っぽい香りも想像してもらいながら、自由に聴いてもらいたいんですけど、〈私は泣いてない〉というのが主人公の言いたいことで。それに尽きるかな。世の中には夏の終わりの歌はたくさんあると思うんですけど、今の私なりの、この長くなった日本の夏の終わりの歌ですね。
ーー「予感」は〈もう一度会いたい〉と言ってます。
古内:まさにそういう予感の歌。何か始まるのかな? っていう。始めたい、いや、始めたくない。どっち? みたいな(笑)。
ーー(笑)。しっかりとした間奏が聴き応えがありました。
古内:小松さんがこれを打ち込みにしたいということで。宮川純(Per)くんと吉田サトシ(Gt)くんの2人が素敵なプレイをしてくれて、打ち込みだったからこそ、伸び伸びとできたみたいなところもあったんだと思います。アルバムの中でも面白いポジションの曲になったんじゃないかと。
ーーそして、7曲目が生ピアノから始まる「No Coffee Day」ですね。
古内:これは一番セッションっぽい感じがしますね。歌っていても楽しかったですし、大人の可愛さがある歌かなと思っていて。私はコーヒーをほぼ毎日飲むんですけど、たまに「あれ? そういえば飲んでなかったな」みたいな日があって。だから、今日はちょっと変なのかな? っていう発想から生まれた曲です。
ーーそんなコーヒーをお気に入りの〈あなた〉に重ねてますよね。恋ではないかもしれないけど、ちょっと話すだけで楽しいし、その時間がないと少し物足りないっていう。
古内:昔だったらキャーキャー言って、好きになっちゃったかも? みたいな。すぐそういってたけど、今はいくつもクッションがある。それもなんか可愛いなと思うんですけど、このニュアンスは伝わりますか?
ーー昔なら恋と名付けたけど、今はもうそうは思わないみたいな気持ちですよね?
古内:でも、当時も無理やり名付けてたよね? みたいな話でもあって。今、名付けられないというより、あの頃はなんでも女子会のネタにしてただけだった? みたいなものもあるだろうしっていう感じかな。
ーーこの曲の間奏のピアノからギターソロにいく展開もカッコ良かったです。
古内:これも宮川くんと吉田くん。ライブで聴きたいですよね。
ーー生で聴いてみたいです。そして、最後がタイトル曲です。『Long Story Short』と名付けたアルバムのタイトルの意味から聞いてもいいですか?
古内:今回のアルバムのタイトルは、最初の曲を作り出す前にインスピレーションで出てきました。前回が『果てしないこと』で、その前が『体温、鼓動』だったので、今回は英語かなというのがあったんですけどで、『Long Story Short』はLongもShortもStoryも誰でも分かるんだけど、それがワンフレーズだとどういう意味? ってなるところがみそです。
ーーまんまとどういう意味かな? となりました(笑)。
古内:でも、会話ではよく使うんです。「ちょっと短く言うと」って言い訳する時とか、急いでいる時とかによく使う。
ーーなるほど。
古内:曲も4〜5分の限られた時間の中に言葉がぎゅっと詰まってるんだけれども、そこには本当はもっと壮大な愛の物語があったり、自分の思いがあったりする。それを凝縮したものが曲だとすると、すべてがロングストーリーショートだなっていう。私、『プレバト!!』(TBS系)の俳句コーナーが好きなんです。
ーーそうなんですか!?
古内:よく見ていて、俳句は究極だなと思うんです。無駄を削いで削ぐっていう美学じゃないですか、本当にすごい面白いし、夏井いつき先生がおっしゃることもためになるなと思って。そういう意味で言うと、メロディやサウンドがあるにせよ、私も俳句と似たような作業をしてる。削って削って、ロングストーリーショートにしたものが曲ですっていう。本当はもっとあるんですよ。大人だし、歴史もあるし、思いはいっぱいあるんだけど、それを全部言うのも無粋というか。全部言えばいいってものじゃないよねっていうところもあって。
ーー楽曲の方では「できれば手短に」っていう意味で使ってるんですね。
古内:そうですね。そんなに聞きたくないよっていう。幸せなのは嬉しいと知っているけど、そこは言ってほしくないっていうのもあるじゃないですか。
ーー身体中から幸せが滲み出てる昔の恋人に会って。
古内:それはすごく嬉しいんだけれど、ディテールまではそんなに聞きたくない。「馴れ初めを聞かせて」と言ってるけど、こっちの気持ちも考えてほしい。それはもうあなたのセンスにお任せするし、それが優しさだしっていう。その曲に関してはそういう気持ちもあったりますね。
ーーこのアルバムを聴いていると、いろいろな“あなた”が思い浮かびますが、全8曲が完成して、古内さんご自身はどう感じましたか?
古内:自分で聴いていても8曲は本当にあっという間で。今となってはもっと作りたかったなって思いますけど、もう一回聴きたいと思ってもらえればすごく嬉しいなっていうぐらい、流れるような8曲になったと思います。時間に追われたり、一生懸命に歯を食いしばって作ったところもなきにしもあらずなんですけど。全体的に言うと、肩の力が抜けていて。等身大というと平べったい言葉なんですけど、すごく素直な曲たちで気に入ってますね。
ーーリリース後にはビルボードライブツアーも決定していますが、今回はどんなツアーになりそうですか?
古内:レコ発ツアーで、初日の横浜はリリースから1週間ちょっとなんですね。だから、そこで初めて聴く方も多いと思うんです。聴きたかったんだけど、あまり聴き込んでこれなかったという人にも楽しんでもらえるようにしたい。今回はビルボードでは初めてホーンも入れるので、そこで初めて演奏する8曲を思いっきり感じてもらえれば嬉しいなと思います。もちろん8曲では足りないので、昔の曲も入れつつ、最高のレコ発ライブにしたいなと思いますし、昔の曲が好きな方もぜひ遊びに来て欲しいですね。
■商品情報
アーティスト:古内東子
タイトル:『Long Story Short』
発売日:2025年9月24日(水)
品番:MHCL-3143
価格:3,850円
<収録曲>
1. ラジオ
2. 満月のせいにして
3. 思い出のカケラ
4. 雪解け
5. 夏の果て
6. 予感
7. No Coffee Day
8. Long Story Short
■関連リンク
古内東子オフィシャルサイト:https://www.tokofuruuchi.com/



















