アユニ・Dが掴んだ『ちっぽけな夜明け』 PEDROの未来、BiSHという原点、野音に刻んだ叫びーーその真意に迫る

PEDROがミニアルバム『ちっぽけな夜明け』をリリースした。アユニ・Dがベースボーカルを務めるバンドプロジェクトとしてスタートし、BiSH解散後は田渕ひさ子(Gt)、ゆーまお(Dr)との3ピース体制で活動を重ねてきたPEDRO。原点回帰を掲げた新作はライブ映えするようなダイナミックな楽曲、アユニ・Dの率直で真っ直ぐな歌詞を詰め込んだ一枚だ。
新作には「昔の方がよかったとか舐めんなよ」というキャッチコピーが掲げられている。アユニはPEDROの過去と今にどんな思いがあるのか。8月11日に開催した日比谷野外大音楽堂のワンマンライブ、そして今作とPEDROの未来についてアユニに語ってもらった。(柴那典)
「PEDROとして自分もこの場所に立ちたいとずっと思ってました」
――まずは野音でのライブについて聞かせてください。振り返って、どんな実感がありますか?
アユニ・D:バンドとして立ちたかった舞台でもありつつ、あまりにも急に決まったので、かなり張り詰めて挑みました。野音って、抽選で当たって1年後くらいにしか使えない会場なんですよ。でも、ライブが決まったのは今年の6月くらいで。連絡があって、数時間で全員のスケジュールを確認して「やらせてください」とお返事して、その2カ月後にライブという今までにないほど突然決まった舞台でした。でも、これは夏の醍醐味になると思って。

――開催が決まって気合が入る感じがあった。
アユニ・D:そうですね。個人的な話をすると、今年の1月からミニアルバムの制作が始まって、5月や6月は体調を崩してしまっていたんです。そこから体力を戻さないといけないと思って毎日走ったり、ボイトレに通ったり、スタジオに入ったりしました。プレッシャーが大きかったからこそ、やれることを全部出し切れたと思います。チケット告知からライブまで時間がなかったので会場が埋まるか不安だったんですけれど、昔から応援してくれている方々も、初めてPEDROのライブを観ますという人もみんなこぞって来てくれて。ありがたいことに満員御礼で迎えることができた。ミニアルバムの新曲も初めて野音でやれたし、終わった直後はボスを倒したみたいな気持ちでした。
――野音に対しての思い入れはどういうところから生まれたものだったんでしょう?
アユニ・D: 9年前、16歳の時にBiSHに加入したんですけど、7月頃にオーディションを受けて1カ月後には上京して、8月にはもう一緒にツアーを回っていて。そのツアーのファイナルが野音だったんです。当時は周りについていくのに必死だったし、音楽シーンとか音楽カルチャーにも詳しくなかったので、野音がどんな場所かもわからなかったんです。それでも好きなメンバーたちや切磋琢磨してくれたスタッフさんたちと一緒にそこに立てたのは、自分の中でもグッとくる記憶で。
自分が一番影響を受けたNUMBER GIRLの再結成ライブを野音で観れたのも大きかったですね。田渕ひさ子さんが自分の人生を変えてくれたと言っても過言ではない存在なので、その人のライブを野音で初めて観たのをすごく覚えていて……目の前にあるステージはすごく幻想的なのに、ちょっとでも目線を上げたら現実が広がっていて、セミの声が聞こえてくる。野音でしか味わえないそういう異世界感はよく覚えてます。だからこそPEDROとして自分もこの場所に立ちたいとずっと思ってました。


――夏の野音は特別なんですよね。ビルに囲まれて、青空で、セミが鳴いている。PEDROのライブでも「春夏秋冬」から「雪の街」への静かになるところでセミが鳴いている声が響いて、野音ならではの非日常感があった。そのあたりが素晴らしかったです。
アユニ・D: ありがとうございます。
――ライブで「グリーンハイツ」の時に「昔の方がよかったとか舐めんなよ」と言っていました。このミニアルバムのキャッチコピーにもなっているフレーズですが、どういう思いがあったのでしょうか?
アユニ・D: 野音が決まる前にこのミニアルバムを制作していたんですが、最初は何を音楽に落とし込みたいのか、上手く出せなくてデモも全部ボツになったりしたんです。その原因は自分と向き合ってこなかった、というのがあったんですよね。大事にするべきものを大事にできずに走ってきてしまった。自分が見落としてきたものがあらわになってきて。改めて過去の自分とちゃんと向き合おうと思って、自分の作った曲たちを聴き返してみました。16歳の時に初めて作詞した「本当本気」という曲の歌詞を読み直した時に、この数年間で「明るくなったね」とか「喋れるようになったね」と言われることも多くなったけど、全然この時と気持ちが変わってないなと思ったんです。その時のコンプレックスとか、「もっと自分はできるはずだ」という思いとか、今も全然抱いているなと気付いて。初めて「昔もよかった」と思うことができたんです。今まではとにかく新しい何者かにならなきゃと思って「今が絶対いいでしょ」という気持ちだけで進んでいたんですけど、改めて昔の自分があったからこその今なんだと実感した。プラスアルファで、いろんな人が自分と向き合ってくれて、いろんな景色を見てこれて、「今はもっといいんじゃないか」という気持ちになった。そこから「昔の方がよかったとか舐めんなよ」という気持ちで今回の新曲を制作しました。
――キャッチコピーの印象としては反骨精神やアンチテーゼっぽいところもありますけれど、実のところは自分の歩んできた道を肯定的に捉え直すことができた感触だった、と。
アユニ・D: 本当にそうです。
――「本当本気」を書いた頃のアユニさんと今のアユニさんの変わらないところは?
アユニ・D: 自分の気持ちを上手く言えない部分は変わらずにあります。自分のことに嘘をついたり誤魔化したりすることがあって、言葉じゃなくて涙が出ることもある。でも自分の納得いかない部分をきちんと整理したいという気持ちも、不器用だけど器用になりたいという精神もずっとある。日頃ツンケンしているけど好きなものには正直で、没頭するところは自分らしいのかなと思います。
BiSHを夢見た頃の気持ちが今の“原点”――PEDROで没頭できる瞬間
――今回のミニアルバムの制作にあたっては「原点回帰」というコンセプトがあるということですが、この原点というのは、どのタイミング、どのポイントと言えますか?
アユニ・D: すごく考えたんですけど、BiSHになりたいと思った時の気持ちなのかなと思っています。今の自分に納得がいかなくて、勇気を出して一歩踏み出して、環境を変えて、新しいことに挑戦してみて、困難も乗り越えて好きなものに没頭しているという気持ちが自分の原点にある。実際、PEDROは誘われて始まったものだけど、それでも今は好きでバンドをやっていますし、やっぱりベースを弾いている時が何よりも没頭できる時間なので。今の素直な気持ちはBiSHになろうと思った時の気持ちと一緒なのかなと思いました。
――ちなみに、BiSHのほかのメンバーの方々と連絡を取ったり、どこかで会ったりということはここ1、2年でありましたか?
アユニ・D: あります。全員というわけではないですけど、リンリン(MISATO ANDO)とは近所なのでよく深夜に集まったりしていますし、解散の1年記念、2年記念とかで誘ってもらって会ったりもしました。

――解散から2年経って、みんなやってることがバラバラなのが面白いですね。ハシヤスメ(・アツコ)さんはタレントとしてテレビの世界で、リンリンさんはMISATO ANDOさんとしてアートの世界で活躍している。そんな中でアユニさんがバンドマンになっているというのは、BiSH時代からすると意外でもあったし、結果的にすごくいい選択だったんじゃないかと思うんですが、バンドに没頭している自分というものを俯瞰で見てどうですか?
アユニ・D:自分もまさかこんなにも夢中になるとは思いませんでした。最初は自分の意図ではなかったとしても、それが生き甲斐になったし、音楽を好きになるきっかけの人たちとも出会えて、そこで今のアユニ・Dが培われた感覚はすごくあります。たまに「アユニの声はバンドサウンド向きじゃないよね」と言われることを気にすることもあったんですけど、今自分は好きでバンドをやっているし、自分で選んでPEDROとしてやっているので、その音楽にできる限り自分のことを落とし込みたいという意地と情熱がすごくあって。その情熱を生み出すことができるのは、夢中にさせてくれた周りの人たちのおかげでもあるので、ちゃんと誇りと自覚を持ってPEDROのフロントマンとして覚悟を背負っている気持ちがあります。この新譜にはサウンド面でも歌詞でも、その気持ちは表明しました。


















