日向敏文×オノ セイゲン、初のフルオケ作品『The Dark Night Rhapsodies』で追求した音像 「ひとつのゴールにたどり着いた」

 今、世界各地で最も再生されている日本発のインストゥルメンタル音楽は、日向敏文の「Reflections」であると言われている。1986年発表のアルバム『ひとつぶの海(Reality In Love)』収録のこの曲は、現時点で1億3千万以上の再生回数を誇り、そのほとんどが海外のリスナーなのだ。パンデミック以降、癒しの音楽として認知が広まると同時に、サンプリングされたりSNSで使用されたりと予想以上の拡がりを見せた。

 しかし当の本人は、マイペースかつ精力的に制作活動を行っている。昨年は2009年以来のオリジナルアルバム『Angels in Dystopia Nocturnes & Preludes』を発表したが、その世界観をさらに発展し、フルオーケストラの演奏で表現した新作『The Dark Night Rhapsodies』が届いた。Netflixやディズニーなど名だたるクライアントを持つブダペスト・スコアリング・オーケストラに演奏を依頼し、自身も音楽家であると同時に坂本龍一などの仕事で知られるオノ セイゲンがミキシングエンジニアとして参加。オーケストラ作品とはいえ、メロディアスで親しみやすい楽曲が揃っている。このダイナミックで緻密で美しい作品がどのようなプロセスで生み出されたのか。日向敏文とオノ セイゲンの2人にじっくりと語ってもらった。(栗本斉)

「理想的なシステム」ブダペストでのオーケストラ収録体験

日向敏文

ーーまず、日向さんがセイゲンさんにミックスを依頼しようと思った経緯からお聞かせいただけますか。

日向敏文(以下、日向):去年の秋頃に、僕の弟(同じく音楽家の日向大介)がセイゲンさんと仕事したんですよね。その直後に、僕が「こういうオーケストラのアルバムを作ろうと思っている」という話をしたら、「絶対にセイゲンさんにお願いするのがいいよ」と勧めてくれて、それで依頼したんですよ。

オノ セイゲン(以下、オノ):僕の方もお話をもらってぜひやらせてください、ということになって。

ーーそもそもお二人はずっと面識があったんですか。

オノ:それがよくわからない(笑)。「ミスターミュージック吉江さんのCM録音、まさに音響ハウスで会っていた? でも記憶にないね。」なんて言っていたんです。日向さんは作家、僕はフリーランスのエンジニアとしてすごい数の現場をこなしていましたから。それが、今回の作業をし始めて何日かしたら、いやいや待てよ、と(笑)。

日向:実は僕が作ったサウンドトラック・アルバムのマスタリングをセイゲンさんが手掛けていたんです。お互いに「初めまして」なんて言っていたのに(笑)。

ーーその時の現場で会った記憶はないんですか。

オノ:それが全然ないんです。指名だけもらってマスタリングはお任せで、忙しいから顔を合わせることなくお互いの仕事をしていたのかもしれません。

ーーいずれにせよ、『the Dark Night Rhapsodies』がお二人の共同作業によって完成するわけですが、まず今回初のフルオーケストラ作品を作ろうと思われたきっかけは何でしょうか。

日向:ずっとオーケストラのための音楽はたくさん書いていたんです。だけど日本での実現は難しいんですよね。莫大な予算と時間がかかるし、どういう手順で作っていけばいいのかというプロセスを考えただけでもお腹が痛くなってしまう(笑)。それが、たまたまインスタグラムでブダペスト・スコアリング・オーケストラのことを知ったんです。リモートでも対応できるし、システムが出来上がっているんですよ。それでウェブサイトからメールで問い合わせをするところから始まりました。

ーー問い合わせた後、どういう手順でレコーディングが進んでいったのでしょうか。

日向:まず、こういう曲をやりたいとスコアを送ったんですね。そこからがすごいところなんですが、そのスコアを見た上で、ミュージシャンや編成、どの曲にどれくらい時間がかかるのかを把握し、すべてのスケジューリングをしてくれるんです。そのスケジューリングが完璧なんですよ。

ーー日向さんは実際に録音に立ち会ったわけですよね。

日向:そうです。サントラだったらある程度決まっているのでリモートでもよかったのでしょうが、今回は現場でいろいろお願いしたいことも出てくるだろうと思い、実際にブダペストまで足を運びました。録音は2日間で組まれていたんですが、フルオーケストラ編成から始めてだんだん編成が小さくなっていく。1時間を半分にわけて、25分ずつで休憩が5分。その時間内に最大の努力をしてくれるんです。だから30分経つと、次々と演奏者が入れ替わっていくんですよ。曲ごとに使う楽器も違っているから当然なんですが、そういうところも経済的にできているので成り立っているんでしょうね。本当に理想的なシステムだと感じました。

ーー音楽的な技術に関しても、問題はなかったということですね。

日向:どの曲もテイク2かテイク3まで録るんです。というのも、一曲ごとにまったく違うので、ファーストテイクはけっこうチグハグだったりするんですよ。音自体を間違えていることもあるし、楽曲の解釈が違っていてクラシックぽく固くなりすぎたり、逆にルーズすぎたりとか。でも一度演奏するとそこで演奏者は理解するので、テイク2で完璧になるんですよ。

ーーオーケストラのメンバーは、スコアはその時が初見なんですか。

日向:完全にそうですね。しかもパート譜なので全体像は見えていない。

オノ:だから一度演奏すると互いのアンサンブルが把握できますから演奏が完成する。

オノ セイゲン

ーーアルバム全曲を、初見なのにたった2日間で完璧にこなすって確かにすごいことですね。

日向:行く前は少し心配だったんですよ。しかも本当に上手な演奏者が来てくれるのかも当日までわからない。だから、レコーディング日程のハンガリーのオペラハウスやシンフォニーホールのスケジュールを入念に調べました。録音したのが2月だったのですが、2月は意外と大きなコンサートが多く、そこにいいミュージシャンがとられる可能性があるからです。でも、偶然にもぽっかり空いていたんですよ(笑)。

オノ:素晴らしい偶然の予測でしたね(笑)。

日向:実際、ストリングスをまとめてくれたのは、ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団のセカンドヴァイオリンの方だったので、すごくよかった。そういう意味でも当たりだったなと(笑)。

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