藤井 風「Hachikō」レビュー:マルチカルチュラルな感性とセンス、新機軸のダンスミュージックに宿る自信
また、本曲はビート先行で制作されたという。BPM110ほどで進むディスコ〜ハウス然としたこのダンスビートはプロデューサーのノーランによるもので、藤井曰く「ビートから曲を作ったことはなかったので、まったく新しい経験だった」とのこと(※2)。ビート先行での曲作りはトラックメイカーやDJなどに多く、それ自体はさほど珍しいことではない。とはいえ、自身にとって初の作曲プロセスを踏んだことは大きなポイントだ。こうしたシンセ主体の楽曲は、藤井の過去作では「キリがないから」や「きらり」が挙げられる。サウンド面だけ切り取ればそれらの楽曲と近い位置にあるが、「Hachikō」は比較的ループが多く、音を積み重ねていく展開など、藤井にとって新機軸と言えるビート先行ならではの構造を持っている。特に序盤は、ボーカルだけの世界にシンセが出現し、そこにリズムが生まれ、ブレイクを経てビートが加わり、ベースが合流……といったように、まるで藤井の元に仲間たちが集まってくるような流れを見せていく。
デビュー期より藤井の作品に携わってきたKOBY SHYこと小林修己のベースは本作に強力な躍動感を与えているし、カナダ出身のアレクサンダー・ソウィンスキーによるドラミングはタイトかつパワフル。さらにシンセリフも印象深い。下降していくにつれて徐々に複雑味を増していくこのシンセからは、どことなく大きなものに立ち向かっていくような、ただならぬ緊張感や気迫を感じる。この特徴的なシンセリフがあることで、この曲は単なるノリのいいダンスチューンの枠を越えた、特別な背景を持った楽曲に昇華されているように感じる。つまり、海外活動を本格化させようとしている今現在の藤井のある種の覚悟が、このシンセ、ひいてはこの楽曲の全体に宿っているように思うのだ。
MVは渋谷のスクランブル交差点の映像からはじまる。最近はもはや日本人より外国人のほうが多いとさえ感じる渋谷の街。その渋谷のシンボルとして多くの人々から愛されている「ハチ公」は、いまや日本のみならず世界中から愛されている藤井の姿とも重なる。藤井自身は「僕の3rdアルバムを辛抱強く待ってくれているファンのことのよう」(※3)だと表現しているが、我々からすると藤井の存在感こそ日本の音楽シーンにとっての「ハチ公」のようになりつつあるのではないか。
※1、2、3:https://realsound.jp/2025/06/post-2054579.html

























