「澤田 空海理という人間は愚かだな」と知ってもらえたらいい――『ひかり』で到達した答えと諦めを語る
僕の音楽はきっと昔のほうがよっぽど聴きやすかったんです
――「遺書」以降のシングル曲は、まさに意識的に“仕事”として作ってきたんだと思うんですが、このアルバムはそれとは違うものだったんじゃないですか?
澤田:でも、もう手癖になってましたね。手癖を使ってしまったというわけではなくて、脳の切り替えがあまり起きないくらいには、いい意味でも悪い意味でも音楽制作が生活に根付いたんだと思います。今回だけ、どこまでも納得のいくまでというスタンスで作ったわけではなく、これですらある意味ではひとつの仕事だと思いながら作りました。
――でも、それも澤田さんにとっては決してネガティブなことではなかった。
澤田:そうです。これがなかったら、もうちょっと早くやめてるんじゃないかな。だから、メジャーとか人の関わりによって自分の寿命が短くなるとはまったく思わないです。むしろ、延命してもらってる感じがする。でも、順番が逆だったのかもと思ってる。2024年の『ひかり』から2017年にリリースした『フラワーガール』というアルバムがあるんですけど、そこに遡っていくのがたぶん正しい道筋だったんじゃないかって。本来はメジャーで『フラワーガール』を出せば、歯車の噛み合わせがよかったんだろうなって。
――それはどういう意味合いですか?
澤田:最近はあんまり見なくなりましたけど、昔はあったじゃないですか、「メジャーに行くことは魂を売ることだ」とか「メジャーに行くと一気に商業主義になる」とか。そんなことはないと実際にメジャーレーベルに入ってみて思ったんですけどね。自分の表現したいことがたくさんある、本当に音楽好きな人たちが作品を作っていって、どこかで売れた段階でメジャーに行くってなって、そこで「もう少し矛先を丸くしなきゃいけない」と気づいたりするものだと思うんです。でも、僕はその逆で、最初の時点で矛先がすでに本当に丸かった。これは卑下でも何でもなく、僕の音楽はきっと昔のほうがよっぽど聴きやすかったんです。よっぽど大勢に向いていたと思う。それが受け入れられ始めた時に、ようやく僕も音楽をちょっと好きになって、楽曲制作という面でポップス以外のものもやりたいなと思ってしまった。順序があべこべになってるんです。
――でも、僕はこの『ひかり』というアルバムは、結果ポップなものになったと思ってるんですよ。1曲目がポエトリーリーディングのような「東京」から始まるのは必ずしもキャッチーではないですけど、全体として、特定の誰かに向けていないからこそ誰もが共感できる余地があるというか。その余地を持てたっていうのは、やっぱり今まで散々歌ってきたからだし、散々書いてきたからだと思うんですよね。ここまで散々出涸らしを絞ってきたからこそ、フラットにポップスを作れるようになってきたんだなあ、と。
澤田:ああ、腑に落ちました、今のは。なるほど。
――それこそ、『ひかり』というタイトルもすごくポップスっぽいですよね。
澤田:うん、それはすごく思います。このひらがなの『ひかり』というのがさらに(ポップスっぽさを)加速させてる気がします。
――なぜひらがなで『ひかり』だったんですか?
澤田:漢字の「光」だと眩しすぎたっていう。僕の個人的な予想では、8割ぐらいの人がたぶん漢字の「光」は眩しすぎると感じているんだろうなって(笑)。だから、(『ひかり』は)お昼の光じゃないんですよね。丸っこい、朝の白い光なんだろうなと思う。それぐらい希薄になっちゃって、もう僕を照らすものではなくなったんですよね。僕が書いてきた人も、音楽だってそうですけど、前はもっと明確な感じの光だったんですよ。でも、この『ひかり』は少しぼやっとしていて、あってもなくても変わらない。人間が生きるうえで夕方のほうがよほど困るというか。夕方の日は落ちるのが早いか遅いかでやれることにもかかわってきますけど、朝の光っていうのは概念的には美しいけれど、僕の生活を何か手助けるものではない。そういう意味で、このタイトルになったのかなって思ってます。
――昔の澤田さんだったら漢字にしていたかもしれない?
澤田:たぶんしてると思います。なんなら「輝く」だったかもしれないですね。
アルバムを締めくくるのは「本当に言えなかった言葉」
――タイトル曲の「ひかり」はどうやって生まれてきたんですか?
澤田:できあがったのは最初のほうでした。歌詞の1番のサビの最後に〈俺さあ、好かれたかったわけじゃなくて/あなたの役に立ちたかった。〉っていう言葉があるんですけど、あれがたぶん、いちばん言いたかったこと――言いたかったことというか、自分の言葉としてものすごくしっくりきた。今まで「あなたがいないと寂しいです」みたいな話とか、「僕が音楽をやる理由にあなたがいる」とか「怒らせてしまった、悲しませてしまった、申し訳ない」とか、そういう言葉はたくさんあったんですけど、それって描写の解像度で言うと80点ぐらいというか。「もう少し先がある」という感覚をずっと持ってたんです。〈役に立ちたかった〉という言葉が出てきた時に、「いちばん言いたかったことはこれかも」って思った。だから、この一文でちゃんとアルバムと曲を組み立てるという落としどころになったのかなと思ってます。
――〈役に立ちたかった〉っていうのは、どういう意味合いだったんですか。
澤田:「その人の自信になれたら」っていう。その人だけじゃなくて、僕の音楽を聴く人とか音楽関係なしに僕の周りにいる人たち。友達でもそうですけど、僕がそこにいて、その人が何か一歩踏み出す自信になればいい。その手段は僕にとっては音楽しかないんですけど。僕は自分が持っている能力のなかでいちばん高いものが他人にとって僕の価値になると思っているんです。そういうものを作りたいと思っているし、そう思っていたので。〈役に立ちたかった〉っていうのは、本当にそういう意味ですね。
――〈役に立ちたかった〉と書くということは、「役に立てなかった」と少なくとも澤田さんは思っているということだと思いますけど、その原因は何だったんでしょう。
澤田:その実感が得られなかった。僕が結構適当なブランディングをしていたので、もう少し自分がどう見えるかとか、出すもののデザインであったり、「曲以外の部分も含めてもう少し気を遣ったら?」と言われても、僕はいらぬへりくだりをしていたんです。YouTube上ではフォロワーが何万人もいるかもしれないし、SNSではいいねがつくかもしれないけど、実際は俺の曲を聴いている人なんていないから、みたいな。誰も見てないわけではないけど、本当に限られた人しか見ていなくて、「ほら、ライブやれば100人ぐらいしか来ないじゃん」とか、そういうへりくだりをしていた。でも、それってものすごく失礼なんですよね。お客さんからしても自分が信じてるものに対して、当の本人が「いやいや」と言うのは、見ていてすごくイラつくものだと思うし、実際僕が見えてないだけで本当に聴いてくれている人はたくさんいたという事実もあったし。そういうのをひっくるめて、すごく子どもだったなという。
――でも、「自分は〈役に立ちたかった〉んだ」って気づくことで作れるようになった曲も増えたんじゃないですか?
澤田:増えたけど……結果的にいちばん大事だったものはなくなってるわけで。いちばん大事だったものというか、それがトレードオフにならないくらいのものを失ってると考えると、2020年時点でこの精神性を身につけたかったという思いのほうが大きいですね。
――その「ひかり」は最後〈じゃあ、また。〉って言葉で終わるんですが、この言葉にはどんな思いが込められているんですか?
澤田:本当に言えなかった言葉なんですよね、〈じゃあ、また。〉って。人との記憶の最後の言葉を覚えている人のほうが多いと思うんですけど、そこで〈じゃあ、また。〉は出なかった。「じゃあね」で終わってしまったんです。別に嘘でもいいから「また」って言っときゃよかったなって思うんです。言霊よりももっと浅いところの話。与える心象の問題で、「なんでそこで意地張るの?」みたいな。いまだに精神的な未熟さはあれど、今だったら絶対に嘘でも「またね」って言う。人は愚かではあるけど、多少はマシになるっていうメッセージが、この最後にはこもってるのかなって思いますね。
――今だから〈また。〉と言えたのはどうして?
澤田:もう目が届かないから言うんでしょうね。何の保証もないし、約束なんかもできないけど。それは、大人的な向き合い方だなと思うんですよね。「またはないからもうまたとは言いません」というのは、やっぱりちょっと弱すぎるというか。
――それもまたポップス的なコミュニケーションなんじゃないかと思いますよ。距離ができたからこそ正直に言える言葉も増えたし、それが結果ポップスになるという。そういうところに澤田 空海理は来たんだなと思いました。
澤田:そう受け取っていただけたならありがたいです。少なくとも、これを聴く人たちがもう少しだけ「澤田 空海理という人間は愚かだな」と思って、知ってもらえたらいいなと思います。今までかっこつけることに必死だったと思うし、それをもって僕を好いてくれた人もいるだろうけど、「もういいよね」って。あとは適当にやるから、あなたたちも好きに離れたらいいし、好きに戻ってきたらいいよ、って。そう思います。
■リリース情報
メジャー1stアルバム『ひかり』
配信中
配信URL:https://sorisawada.lnk.to/hikari
<収録曲>
01. 東京
02. すなおになれたら
03. 告白
04. かみさま
05. 仮題
06. 遺書
07. ひかり
■公演情報
『澤田 空海理 単独公演「冬瓜と春菊」』
2024年12月15日(日)開場 17:15/開演 18:00
代官山UNIT
<チケット>
イープラス:https://eplus.jp/sorisawada/
チケットぴあ:https://w.pia.jp/t/sorisawada-t/
ローチケ:https://l-tike.com/sorisawada/(Lコード:70059)
問:HANDS ON ENTERTAINMAINT
(MAIL:info@handson.gr.jp/TEL:03-6812-9539<平日12:00〜18:00>)
澤田 空海理 オフィシャルサイト:https://sorisawada.com
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