小林愛実、ピアニスト夫婦ならではの尊重し合う子育て 幼少期の葛藤やピアノ教育の在り方についても語る

小林愛実、ピアニスト夫婦ならではの子育て

 幼少期から国際舞台で活躍し、音楽家としての骨太なキャリアを築くとともに、2021年の『第18回ショパン国際ピアノ・コンクール』で4位という勝負強さを発揮したピアニスト 小林愛実。

 昨年の元旦にはピアニスト 反田恭平との結婚を発表。幼馴染であり共に『ショパン国際ピアノコンクール』(以下、『ショパンコンクール』)で競い合った2人の新たな門出が世間を賑わせたことも記憶に新しいが、同年11月から12月には、産休を経て母として初のコンサートツアーを全国16カ所で開催。現在も止まることなく、ピアニストとして進化し続ける姿を届けている。

 3年ぶりの録音作品『シューベルト:4つの即興曲作品142、ピアノ・ソナタ第19番ハ短調、ロンド イ長調他』(11月27日リリース)には、夫である反田も参加。互いの作品作りや演奏に対してもアドバイスし合う関係の豊かさは、本インタビューでも随所に表れていた。夫婦で協力しながら子育てと演奏活動を両立する現在と、小林がここに至るまでのキャリアのターニングポイントについて聞いた。(田巻郁)

小林愛実 - シューベルト:4つの即興曲 作品142/D935より第4番 ヘ短調

ピアノとの向き合い方を変えた母の言葉

ーー9歳で国際デビューを果たし、数々のオーケストラと共演するなど、幼少期よりその才能に注目が集まりました。当時、周囲と自身の内面とのギャップに苦しむことはありましたか。

小林愛実(以下、小林):ありました。ありがたいことに小さい頃からCDデビュー(『小林愛実 デビュー!』/2010年)や、演奏活動もさせていただいていましたが、16歳くらいから、「私って本当に才能あるのかな?」と悩み始め、好きでピアノを弾いてるのか、周りにやらされているのかも、わからなくなってきて。

ーー17歳の時に米国のカーティス音楽院に留学されましたが、その時の心境は?

小林:場所を変えたらこの気持ちも変化するのかな、と思ってアメリカに行ったんですけれど、もっと苦しくて。親と離れて生活するのは初めてだったし、言葉もわからないし……文化の違いというのもすごく感じて。ピアノを弾くことが怖くなり、人と会うのも嫌でレッスンにも行かなくなった時に、先生が心配して両親に連絡してくれたんです。

ーーその時のご両親の反応は?

小林:母から電話がかかってきて、「もうダメかもしれない」と言ったら、「ピアノ辞めてもいいよ」と言われて。両親は私がピアニストになるために人生を犠牲にして支えてきてくれていたから、絶対、ピアニストとして恩返ししないといけないって思っていたんですよね。でも彼らは「あなたが幸せだったらなんでもいい」と言ってくれて。

ーーピアニストであること以前に、何よりも子どもが幸せであることを一番に考えるのが親、ということを改めて感じるエピソードですね。

小林:その頃(2015年1月頃)は一度目の『ショパンコンクール』への出場が決まっていたので、最後に、今まで頑張ってきた記念に出て、悔いなく辞めようと思っていました。でも、コンクールに向けて久しぶりにピアノと音楽に向き合っていたらちょっとずつ楽しくなってきて、私はステージの上で弾くのが好きなのかもって再認識できたんです。

 だから母に、「これからは誰かのためじゃなくて自分のためにピアノを弾きます」って言いました。そういうスタンスになってからはすごく気持ちが楽になりましたし、この時を乗り越えられたから、今もピアノを続けられているのかなって思います。

ーーお母様の言葉と『ショパンコンクール』への挑戦が重なり、ピアノを続ける上で大きなターニングポイントになったと。

小林:そうですね。それまで、私にはピアノしかないと縛られてきたので。でも、母の言葉が解き放ってくれたことが大きかったです。

AIMI KOBAYASHI – final round (18th Chopin Competition, Warsaw)

ーーキャリアの重要な転機になった一度目の『ショパンコンクール』と比べ、2021年に出場した二度目の『ショパンコンクール』はどういった部分が印象深かったですか。

小林:一度目は初めての国際コンクールということもあってすごく大変だったので、二度目は当初、出ないつもりでいたのですが、海外での活動を考えたり、周りの仲の良い友人からの勧めもあって、エントリーだけはしていました。結果的にコロナ禍で延期が続いて、さらに考える時間が増えていって。

ーーコロナ禍によってほとんどの演奏活動ができなくなりましたよね。

小林:私もすごく不安になったし、人と会わない時間が増えて家で仕事もなく過ごしていて、「自分はどうなりたいんだろう?」「やっぱり(コンクールに)出た方がいいのかな」って。前回ファイナルまで行ってるからプレッシャーもあるし辛いだろうけど、どこかのタイミングで乗り越えていかないと次には繋がらないと思い、決心しました。

ーーその結果、前回のファイナリストという記録を更新して第4位となりました。

小林:はい、今思い返すと大変でしたけれど。コンクールが始まる3カ月前くらいからあんまり朝ご飯が食べれなくて、いつも胃がキリキリして。でもコンクールでは、周りもみんな食べられないし、泣いてる子もいるし、お互い「頑張ってきて」みたいな感じだから……。

ーーステージ裏は本当に過酷なんですね。

小林:そうですね。1カ月集中力を切らさないで生きないといけないので。

ピアニスト同士の夫婦、子育ては「何も決めず自由に」

ーー6月に、2025年開催の『第19回ショパン国際ピアノコンクール』の記者会見で演奏を披露されました。年齢的にはもう一度受けることができますが……。

小林:子育てをしながら受ける精神力はないです(笑)。

ーー昨年8月に出産を発表されましたよね。休養期間を経て現在はアクティブにリサイタルを組んでいますが、子育てと演奏活動の両立に直面して、気づいたことはありますか?

小林:そうですね……世の中に出ると「お母さんだからできますよね?」という暗黙の空気があるなと、時々感じます。なんだか、女性は子育てを集中的にやっているんじゃないかっていう先入観がある気がして。そういう時は、男女平等にお父さんにも聞いてほしいなと思います。

 あとは、男性にも育休がありますが、まだ取りにくいという現実があるように感じるので、そこは価値観を変えていければいいなって。女性も働く世の中になっていますし、子育てに縛られすぎず仕事をしたい人はして、できればいろいろな人に頼って、お母さんが全部やらないといけないという感じがなくなるといいなと思います。でも意外と私、育児や家事は苦じゃなくて、いろいろとやってしまうんですけれど(笑)。

ーーあまり苦労談はないですか。

小林:出産前は、産むこと以外はやらないと言ってたんですけど、今は「意外とやるね!」と言われていたり(笑)。小さい子供がいると外に出られることも少ないのですが、体調を考えて、ご飯はデリバリーよりは自分で作ることも多いです。

 大変なことは……今までピアノの練習に関しては、24時間を自由に使えていましたが、子供は朝は早く起きるし、夜は早く寝るし、自分のタイミングでコンサートに向けて準備できないのが大変ですね。常に子供が寝てからの時間や、誰かに預かってもらっている時に練習をしないといけないので。

ーーそれは実質休み時間ゼロになってしまいますよね。

小林:そう、しかもその時間に自分の中で気分が乗らないことってあるんですよ。もともと、ちょっと夕方くらいから練習するタイプで。でも子供と付き合っていると、夜はもう私も疲れてきてる。そんな時に寝かしつける部屋って魔の空間で、もう魔界に入るような状態なんです(笑)。真っ暗にして添い寝するんですが、寝たふりしていたら本当に寝ていて、気づいたら朝方ということも多くて。だから本当に練習しないといけない時は、夫や実家の母に寝かしつけを代わってもらったりします。

ーーピアニスト同士のご夫婦で、サポートも痒いところに手が届くような印象です。

小林:本当に、できる方がやるというか、何も決めず自由にという感じです。私がコンサートを控えてる時は、彼が対応してくれるし、彼の方が忙しい時は私が多めに対応するという風に。お互いの状況がわかるからこそ尊重できていると思います。あと、意外と恭平さんは子煩悩ですね。子供が好きで、特に頼まなくても送迎をしてくれたりするので、そこはすごくありがたいなと思います。

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