リアルサウンド連載「From Editors」第78回:エゴン・シーレという才能にあらためて触れる

 「From Editors」はリアルサウンド音楽の編集部員が、“最近心を動かされたもの”を取り上げる企画。音楽に限らず、幅広いカルチャーをピックアップしていく。

ウィーンが生んだ孤高の画家と無邪気な少年心

 『エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』が開催されたのは、昨年の初春のこと。よく晴れた4月某日にひとりで東京都美術館へ行き、楽しみました。

 シーレ作品のコレクションを多く所蔵しているオーストリア、ウィーンにあるレオポルド美術館の所蔵品を中心に、全14章で構成されていたこの展覧会。この手のものとして考えると、全14章というのはとても細かい章分けです。シーレの作品50点ほどと、同時代を生きたオーストリアを代表する画家の作品が約120点展示されていました。シーレという画家の生涯、絵画、同じ時代の作家の作品についても紹介され、ウィーンという土地とその芸術観を丁寧に紐解くような内容でした。

 で、「誕生日に」とよくお邪魔させていただく中華料理屋さんのマスターが先日贈ってくれたものが、こちらの図録です。昨年『エゴン・シーレ展』の図録をマスターにお土産でプレゼントしたのですが、それもあってこちらを選んでくれたそう。とても嬉しい。それに、Parkstoneが出版したこの図録の表紙に描かれている『左ひざを折って座っている女性』(現題:『Seated Woman with Bent Knee』)は、チェコのプラハ国立美術館に所蔵されていることもあって、『エゴン・シーレ展』では展示がなかったのです。こうして向き合うことができるとは……。大事にしたい図録が、またひとつ本棚に増えました。

 シーレは、1890年にオーストリアに生まれました。幼少期から絵の才能のあった彼は、ウィーン美術アカデミーに進学し、18歳の時に最初の個展を開きます。その後、のちに大きな影響を受けることになるフィンセント・ファン・ゴッホやエドヴァルド・ムンクなどの作品にも出会っていきます。

 彼は、人間の性を描く画家でした。そこには、素早く動かされたであろう筆が描き出すまだら模様の皮膚、ゴツゴツとした骨ばった身体、滲み出るナルシシズムといった人間のリアルさももちろん含まれるのですが、シーレの作品は過激だとも言われていたそうです。実際に、女性の裸体を描いたものも多く、当時はタブーとまではいかずとも、その過激さゆえに逮捕されたことも。しかし、グスタフ・クリムト(初期のシーレの作品はクリムトの影響をかなり受けています)は「才能がありすぎる」と彼のことを称しました。人間というものを見つめ、自分というものを見つめ、そして向き合う。そんな画家だったのだと思います。

 過激と言われるその一方で、ゴッホの『向日葵』を同じ構図で描いたこともあるシーレ。彼は、自身のことを「永遠なる子ども」と表現しています。この絵を見ればわかるのですが、そこにはゴッホへの憧れと賛辞が詰まっています。シーレには、すごく少年心があるんですね。彼の被写体というものにおける興味は、歳を重ねるにつれて大人から子どもへと変わっていったと言います。それは、嫌厭されるようなものではなく、被写体となる子どもたちはシーレの作品として描かれることへの無邪気な喜びを見せていたそう。そして、シーレ自身にもきっと無垢な心によって描いていた。私はそう思います。

 彼は妻のエーディトと同じスペイン風邪によって、1918年10月31日に28歳という若さでこの世を去りました。「僕の絵は世界中の美術館に展示されるだろう」――病におかされるなか、シーレはこう言い遺したといいます。その命日の近く、彼の言葉が現実となっている今、エーディトをモデルに描かれた『左ひざを折って座っている女性』がカバーのこの本をあらためて堪能した秋の一日でした。

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