「ゴジラのテーマ」との出会いが始まり 伊福部昭、黒澤明&早坂文雄……Salidaレーベルの歩みに迫る

Salidaレーベルの誕生 命名のきっかけは池野成

――その池野さんとの出会いが、Salidaレーベルに繋がっていくわけですよね。

出口:池野先生のお宅に伺ったら、応接間に6ミリテープがバーッと山のように積んであるんですね。池野先生に「これ、何ですか?」とお聞きしたら、それがこれまでに担当された大映多摩川撮影所作品の映画音楽のテープで、撮影所が潰れる際に預かったはいいけど、過去の仕事に執着もないし、捨てるつもりなんだと。いやいや、それは大変だと瞬時に感じたので「捨てるんだったら僕にください!」と申し出たんです。時期的にもちょうどスペインに移住なさることが決まっていて、お忙しかったと思うのですが、巨大な段ボール3箱分のオープンリールを三重県に送ってくださいました。それが2000年前後の頃ですけど、当時はフリーターみたいなことをしていたこともあって、幸い時間はありましたから、6ミリテープの再生機を入手してDATテープに落としていきました。その作業を通して池野先生の音楽の魅力が徐々に理解できるようになって、気がついた時にはすっかり憑りつかれていましたね(笑)。

――最初に触れた池野作品は?

出口:やはり映画音楽ですね。池野先生に会うことになって初めて聴いたんですけど、『妖怪大戦争』と『電送人間』です。伊福部門下というと、リズミカルで口ずさみやすいメロディで、それこそ初期の芥川也寸志さんみたいな明朗な作風をイメージしていたんですけど、この2作品は、メロディはないわ、なんかグニャグニャしているわで、「一体、なんだこれは!?」と。いわゆる現代音楽と比べてもちょっと特殊ですよね。最初は「一体どういう作曲家なんだろう?」といった感じでした。その後、映画音楽を繰り返し聴く中で「そういうことか」と思ったのは、池野先生はメロディじゃなくてサウンド、音響を重視している作曲家なんですよね。それもドビュッシーや武満徹みたいな綺麗なサウンドじゃなくて、低音や不協和音を駆使して、誰も鳴らしたことがないオリジナルなサウンドを追い求めているんです。そのうちに、この池野サウンドの魅力をどうにかして映画音楽から伝えられないか、という気持ちがだんだんと強くなっていきました。

――それで、Salidaレーベル第1弾となる『池野成の映画音楽』(2004年)に至ると。

『池野成の映画音楽』

出口:いざCDを作るといったところで、一介の素人に過ぎないので、全く何も分からなくて、井上誠さんにお願いして、当時、東宝ミュージックにいらした岩瀬政雄さんを紹介していただきました。そこで原版印税の支払いや、プレスの業者、CDの制作過程について詳しく教えていただいた他、大映作品なので、権利を保有しているKADOKAWAの本社にも足を運びました。当時は東京に住んでいたから結構動けたんですね。

――CDの制作途中に池野さんが亡くなられるという、悲しい出来事もありましたね。

出口:それこそ当時、トヨタさん(インタビュアー)にCDのブックレットの編集を手伝っていただきましたが、そのために池野先生にインタビューさせていただいたんです。当時の映画音楽の思い出や、吉村公三郎、川島雄三、増村保造、山本薩夫監督との仕事について語っていただき、今もそのテープが残っていますが、そういった話を亡くなられる前に伺うことができたのは忘れられない思い出としてありますね。

――ちなみにSalidaの由来については?

出口:これは結果論なんですけど、当時はSalidaが続くなんて自分では思ってもみなくて、CDを制作するための単なる方便だったんです。CDを発売するにあたって何かしらレーベル名が必要だということになって、池野先生と一緒に考えたんですね。その中で私が出口なものですから「入口・出口の“出口”はスペイン語で何ていうんですか?」とお聞きしたら、「Salida(サリーダ)です」と。スペインの方にしてみたら「なんだこりゃ?」って思われるかもしれないですけど、池野先生も「Salidaは響きも綺麗だし良いと思う」とおっしゃってくれたので、「Salida」にしました。自分でも気に入っているので、そのまま今に至ります。そんなように本当にその場限りのつもりだったんですけど、後に思いがけず小杉太一郎さんのご遺族との繋がりが生まれました。

小杉太一郎と山内正……名作を手がけた伊福部門下の作曲家たち

――小杉さんについて補足すると、最初にアニメ化された『サイボーグ009』の作曲家として認識している人も多いのではないかと思います。

『小杉太一郎:カンタータ「大いなる故郷石巻」』

出口:小杉さんは同じ伊福部門下ということもあり、池野先生と大変親しくされていた方なんです。それで、ちょうど小杉家との交流が生まれた時期に、あの東日本大震災が起きたのですが、小杉さんは、1973年に石巻市から委嘱された「カンタータ『大いなる故郷石巻』」という大作を作曲されていて、初演の録音がお宅の倉庫に残っていたんです。その音源を復興支援に繋げられないかと小杉家の方から相談されまして、それでは音源をCD化して売上金を寄附しようという運びになりました。CDを制作するにあたっては、池野先生の時のSalidaがあるじゃないか、ということで全く思いがけず再始動した形です。ですから、7年くらい間が空いているんですよね。

――これを皮切りに小杉さんの純音楽作品集が2枚出ましたね。しかも新録までされていて驚きました。

出口:小杉家の皆さんとのお付き合いを通じて、『第21回毎日音楽コンクール』(現在の『日本音楽コンクール』)で入賞した「六つの管楽器の為のコンチェルト」の楽譜が見つかったんです。これが幸いだったというか、オーケストラではなく室内楽だったので、根気よくお金を貯めたらレコーディングの予算を捻出できるんじゃないかと。それでまた動き出した感じですね。特に「六つの管楽器の為のコンチェルト」は、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペットと、いずれも東京フィルハーモニー交響楽団の首席奏者(当時)の皆さんが素晴らしい演奏を提供してくださいました。

――演奏家については、どのようにオファーをされたのですか?

出口:「六つの管楽器の為のコンチェルト」の皆さんは、いつもお願いしているレコーディングエンジニア 半田和彦さんを通じて、まずホルンの森博文さんに連絡を取っていただいて、そこから広がっていく形で実現しました。それから箏曲の「双輪」は、今もX(旧Twitter)に投稿すると反響が結構あるんですけど、市川崑監督のお気に入りで、映画『犬神家の一族』などで使われているんですよ。映画でも「琴指導」としてクレジットされている、この曲を委嘱された山田節子先生にレコーディングしていただきました。改めてすごい方々に参加していただけたと思っています。

『小杉太一郎の純音楽』

――『純音楽』では、ブックレットの『私説 小杉太一郎伝』も実に読み応えがあります。これに書かれている、小杉さんの「好きな音楽はいわゆる頭だけで書いた思索的なものより筋肉的なもの」はまさしく名言です。

出口:ご子息の小杉隆一郎さんが詳しく覚えていらして、それこそお宅に泊まり込みでお話を伺ったのですが、これまで表に出ていなかった様々なエピソードを知ることができました。例えば、狩猟が趣味で、伊福部先生は「小杉くんの人柄からは想像できない趣味だ」と言われていたそうなんですけど、本当に多才な方だったんだなと思います。それらの話をまとめたところ、120ページ近くの分量になってしまい、隆一郎さんは呆れていました(笑)。

――それこそ、小杉さんについては『伊福部昭の宇宙』で片山杜秀さんが書かれた「伊福部昭をめぐる人々」の小杉さんの項目か、『サイボーグ009 オリジナル・サウンドトラック1<石ノ森章太郎 萬画音楽大全>』で大塩一志さんが書かれた「小杉太一郎とその音楽」くらいしか詳しい資料がなかったので、本当に貴重です。

出口:本音で言うと、興味を持ってくださる人の輪がもっともっと広がってほしいと思っています。『小杉太一郎の純音楽』は、Salidaネットショップ常設記念価格として、こちらのサイトでは1000円で購入できるので、ご興味のある方はぜひこの機会に聴いてみてください。

『小杉太一郎の純音楽Ⅱ』

――続いて『小杉太一郎の純音楽Ⅱ』もリリースされましたね。小杉さん唯一となる「交響楽」は2013年に蘇演された際に、自分も石巻まで聴きに行きました。しかも、オーケストラ作品をセッションでレコーディングしていて、これまたすごいプロジェクトですよね。

出口:これに関してはCDの解説にも書いてある通り、隆一郎さんが出資してくださり、芥川さんの薫陶を受けた新交響楽団から分派して結成された芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカにご協力いただき、実現しました。「交響楽」などの小杉オーケストラ作品は録音だけで終わらず、今後ニッポニカをはじめ各オーケストラの演奏会でもぜひ取り上げていただきたいと切望しています。

――同じ伊福部門下では『山内正の純音楽』もリリースされました。山内さんもほとんど知られていませんが、映画『大怪獣ガメラ』、『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』、テレビドラマ『東京警備指令 ザ・ガードマン』(TBS)の音楽を手掛けた作曲家として挙げれば、比較的通りが良いのではないかと。

『山内正の純音楽』

出口:『山内正の純音楽』はわりと流れが大きかったですね。山内さんもすでに亡くなられていますが、小杉太一郎さんは山内さんの妹さんと結婚したので、山内さんは小杉さんの義理の兄になるんです。その繋がりから山内さんのご遺族とお目にかかってお話ししている中、企画が動き出しました。いつもそうなんですけど、特に先の予定は決めてなくて、よく言えば本能の赴くまま、悪く言えば行き当たりばったりなんです(笑)。山内さんの代表作「陽旋法に拠る交響曲」はTBSが主催した作曲コンクールの入選作で、当時、東芝EMIでセッションレコーディングしてレコード化もされているのですが、これまで表に出てない公開審査時の音源をTBSからご提供いただけました。それと昔、『象印クイズ ヒントでピント』(テレビ朝日系)に出演されていたエッセイストの山内美郷さんが親族(山内正の姪にあたる。父・山内明は正の兄で俳優)にいらして、旦那さんがデザイナーをされているので、この時はそちらにデザインをお願いしています。

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