ロンドンでミュージシャンが密接に繋がる理由 サンファ『LAHAI』は豊かなコミュニティへの入り口に
前作『Process』から約6年ぶりにサンファがニューアルバム『LAHAI』をリリースした。ジャズ、ソウル、エレクトロ、ルーツである西アフリカの音楽など折衷的なサウンドで、複雑で心揺さぶるリズムと、サンファの唯一無二の歌声、スピリチュアルかつ内省的なリリックの光る傑作だ。そして、そういった特徴の中でも、とりわけ驚かされるのが生音とエレクトロニクスの絶妙なミックス加減、プロダクションである。
本稿では、自身を生粋のロンドンっ子と言う彼自身と彼の周辺から、特異で素晴らしい音楽がどのように育まれたのかを見ていきたい。
まず、サンファのキャリアは3歳で父にピアノを与えられたことに始まっているが、彼の両親は西アフリカの国、シエラレオネの出身だ。シエラレオネは1961年に独立したイギリスの元植民地である。ロンドン、もっと言えばイギリスは歴史的に移民の多い国ではあるが、とりわけ第二次世界大戦以降、労働力不足の緩和などを目的に多くの移民を受け入れた。第二次世界大戦後、カリブ海地域のイギリス領(当時)からイギリスに移住した人々は「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれている。ダンスミュージック大国として名高いイギリスのサウンドシステムカルチャーは、そういったアフリカやカリブ海などイギリスの元植民地からの移民たちの影響を多分に受けて発展してきたと言っていい。サンファはそんなイギリスで育ち、現在の音楽性からは想像しにくい部分もあるが、13歳の頃からグライム(イギリス発祥のダンスミュージックのジャンル。ジャマイカのレゲエなどから大きな影響を受けている)を作り始めたと語っている(※1)。つまり、ざっくりと言うならサンファのキャリアはイギリスという土地の歴史と切り離せない関係にあるのだ。
また、サンファはフランク・オーシャンやビヨンセ、ドレイク、ケンドリック・ラマーといった大物アーティストのコラボレーターとして知られているが、彼の地元ロンドンのシーンについて尋ねると「ロンドンのシーンでは、すごく自然体でいられるんだ。周りはもう何年も前から知っている人たちばかりだし。自分の知っているミュージシャンを紹介しあったり、皆が繋がっているんだ」と言うように(※2)、彼は周辺にいるロンドンのミュージシャンたちと密接に繋がっている。さらに言えば『LAHAI』はそんな繋がりの一部が反映された作品でもある。black midiのモーガン・シンプソンやユセフ・デイズ、ローラ・グローヴス、クウェイク・ベース、レア・セン、Kokorokoのシーラ・モーリス・グレイなど、ロンドンの周辺で活動するミュージシャンが多数参加しているのは何よりの証拠だろう(つけ加えるなら、この中にも移民としてのルーツを持つ者もいる。例えばユセフ・デイズの父親はジャマイカ系である)。
ではどうしてロンドンに数多くのミュージシャンが集まるのかを考えると、もちろんイギリスの中心としてのニーズなど理由は様々あるだろうが、その中の一つに教育機関の充実が挙げられる。例えば、『LAHAI』にも参加しているblack midiのモーガン・シンプソンはロンドンの南部、クロイドンにあるThe BRIT Schoolに通っていた。The BRIT Schoolは芸術系の無料の高校で、アデルやエイミー・ワインハウス、FKAツイッグス、レックス・オレンジ・カウンティなど数々の有名アーティストを輩出。入学者選抜が厳しいことでも知られている。さらにロンドン出身のベーシスト、ゲイリー・クロスビーが運営し、音楽教育に力を注ぐNPO、Tomorrow’s Warriors(トゥモローズ・ウォリアーズ)の存在感も大きくなっている。昨年のアルバム『Where I'm Meant To Be』で、今年ジャズアルバムとして史上初となるマーキュリー賞を受賞したEzra Collectiveがメンバーと出会った場所としても注目を集めており、先日ブルーノート東京で自身名義としては初の来日公演を行ったサックス奏者 ヌバイア・ガルシアはTomorrow’s Warriors周辺からジャズシーンを中心にまだまだ若いアーティストが育っていると話している(※3)。国外からの学生も多いと聞く、ギルドホール音楽演劇学校もミュージシャンの経歴によく見る名前だろう。ここはいわゆる芸術大学で、ミュージシャンだとミカ・レヴィや最近で言えばJockstrap(Black Country, New Roadのジョージア・エラリーと電子音楽アーティスト テイラー・スカイによるデュオ)などを輩出している。他にも、コンシャスなメッセージを放つシンガーソングライター ポピー・アジューダが民族音楽学を学んだSOAS University of London(こちらは音楽の技術専門ではない)、ヒップホップ、ダブ、ジャズ、グランジなどが混じり合ったオルタナティブな音楽性で注目を集めるWu-Luが過去に一時期講師として働いていたRaw Material Music and Mediaといった場所があったりする。