リアルサウンド連載「From Editors」第30回:たった2分30秒のドラマ『月とケーキ』がすごくいいという話
「From Editors」はリアルサウンド音楽の編集部員が、“最近心を動かされたもの”を取り上げる企画。音楽に限らず、幅広いカルチャーをピックアップしていく。
2分30秒のドラマ『月とケーキ』がすごくいい
この投稿をInstagramで見る
太字で大きく書いた通りなのだが、フジテレビで毎週火曜日の21時54分から22時00分までの6分枠で放送されているミニドラマ『月とケーキ』がすごくいい。このドラマが個人的には今期のドラマのなかでも特に好きで、何度も観ている。何度も観れる長さだから、何度も繰り返している。
主要キャストには、市川実日子と井浦新。このふたり(『アンナチュラル』コンビ!)が再婚同士の夫婦を演じている。6分枠とはいえ、放送局としては番組と番組のあいだの繋ぎ的な役割を持ったドラマでもあり、前後には提供元のCMも流れるわけで、実質のドラマの尺としてはたったの2分30秒。カップラーメンの調理時間よりも早い。一般的とされるポップス一曲分の長さよりも短い。
どういう話かというと説明が難しいのだが、何も起きない物語だ。本当に何も起こらずに進んでいく話なのです。
このドラマの1話は、ホテルの部屋のテラスで夫の慎(井浦新)が妻・菜月(市川実日子)の髪を切るシーンから始まる。『惑星ソラリス』の話を慎から聞きながら、散髪を施される菜月の姿が、すごくかわいくて、でもちょっとした脆さも描かれる。愛らしさと切なさと優しさがたった2分30秒に詰まっている。
続く2話「元妻と三人で」は、慎の元妻・梨花(映美くらら)とばったりホテルのロビーで会い、そのまま食事を3人で取る流れに。仕事上の知り合いでもある現妻と元妻の菜月と梨花は座って、慎が自分たちそれぞれのためにビュッフェ料理をセレクトする姿を遠くから見つめる。「家でもよく働く?」「ですねえ」「私の時より優しいんだな〜」なんてお喋りをしながら。
ふたつの皿を持って「これが菜月ので」「これが梨花の」と戻ってきた慎(この時の声がめちゃくちゃ優しいのです)。梨花はプレートを見つめ、「んーーー、私もう少し取ってくる」と言って席を立ち、さらに倍量くらいの料理を乗せて帰ってくる。梨花は「違う」とも言っていないし、たぶん本当は合っていたのだと思う。愛と理解は別のものであるけれど、でもちょっと似ている。それに梨花はきっと気づいていて、だからこその菜月のための行動だった。2分30秒のなかにどれだけの思いと切り口を与えるのか……。
1、2話は同じ日の話だけれど、冒頭の通り、本当に何も起きていない。髪を切る。『惑星ソラリス』の話をする。現妻と夫と元妻の3人が食事をする(これは奇跡のような確率かもしれないけれど事件ではない)。そう、本当に何も起きていない。
で、3話が本当にすごくいい。高校時代のふたりの出会い、再会、結婚までの28年が、菜月が語り口となって明かされるのですが、映像のなかでは慎が写真嫌いの菜月の姿をカメラに収めようと奮闘。セルフタイマーを設定して、ふたりで並んだツーショットを撮る時も菜月は自分の顔を隠す。そこで慎が「ねえ、ケーキ食べたくない?」と聞くと、思わず顔を覆っていた手を外して、慎の目を見て「うん、食べる」と笑顔で言う。その瞬間にシャッターが押される。菜月が目を見て話す人だとちゃんとわかっている人にしか使えない技。「慎って菜月のこと大好きじゃん……」「愛じゃん……」としみじみと思う。出会いから28年経っても恋で繋がっているふたりに、観ているこちらが恋をしている感じ。最後までこのふたりが幸せであってほしいと、3話を観たあとにフジテレビに向かって念を送ってしまった。
枠のあるものを額として使う手法にも、個人的にはすごく惹かれた。1話で言うならばテラスへと続く窓枠、2話の菜月と慎と梨花をつなぐ不思議な三角形、もしくは3人が囲んだ机、3話のカメラの枠(は実際には映らないものの、アングルはずっとカメラモチーフで固定されたふたつの視点のみ)。そこにいる人たちだけの時間と風景という切り取り方によって、すごくリアルな息遣いとして思えてくる。
あと、EDとして流れる佐野元春 & THE COYOTE BAND名義の曲「クロエ」がむちゃくちゃにいい。佐野元春によるラブソング、それも究極のラブソングが流れて、この2分30秒のドラマが締められるわけである。曲が終わると、10秒ほどエピローグ的に少し映像が流れるのですが(これがまた本当に素晴らしい)、そこへの導入としての役割も担っているし、3話においては菜月と慎のテーマソングのようでもあった。ささやかな幸せが、ドラマにも、この曲にも、ちゃんと乗せられている。
激烈なラブストーリーでも、何か大きな出来事が起きてそれを中心に話が展開していく物語でも、シリアスな話でもなく、ただただゆっくりとした時間のなかで、その一日の終わりに観るとちょっと嬉しい気分で眠れるような、そういうドラマ。何も起きない話がこれほどまでに豊かだとは思わなかった。すごくいい話だ。もっと尺を伸ばしても成立するのかもしれないけれど、この短さだからこそ描けるものがあるし、観ている側も感じられることがあるような気がする。全話無料配信しているし、全話観たとしても1話あたり2分30秒だし、ぜひ多くの人にチェックしてほしいです。観た人のぶんだけ、優しい気持ちが生まれる気がする。ささやかなあたたかさを与えてくれるドラマだと思います。
リアルサウンド連載「From Editors」第29回:『ゴジラ-1.0』前に目撃! 『HOSHI 35/ホシクズ』から考える“平成特撮の意義”
映画『ゴジラ-1.0』の公開を目前に、新作特撮映画『HOSHI 35/ホシクズ』を鑑賞。平成特撮へのリスペクトを示し、シリアスさ…
リアルサウンド連載「From Editors」第28回:『スリル・ミー』 役者、ピアノそして観客が作る息もできない空間
「スリル・ミー」は1924年のアメリカで実際に起こった「レオポルドとローブ事件」を舞台にした作品だ。思想家ニーチェに影響を受けた…