SPECIAL OTHERS、新しい届け方への手応え 豊かなアイデアを形にした『Journey』制作を語る
今年の2月より、毎月25日を「ニコニコの日」として9カ月連続リリースをスタートした4人組インストジャムバンドのSPECIAL OTHERS(以下、スペアザ)が、その集大成となるアルバム『Journey』を10月25日にリリースした。前作『Anniversary』からおよそ1年4カ月ぶり通算9枚目となる本アルバムは、「ニコニコの日」にリリースしてきた楽曲を、その順番通り収録。冬から始まり、春夏を経て秋口まで月1で制作されてきた曲たちはどれも季節を感じさせるところがあり、聴き進んでいくとまるで時空を旅(Journey)しているような気持ちになること請け合いだ。しかも月1で届けられてきた楽曲たちも、アルバムで通して聴いた時の印象はこれまでとは一味違う。サブスクが普及しプレイリストで音楽を聴くのが主流の今、それを逆手に取ったようなこの「しなやかな戦略」はスペアザらしい。アルバムの制作エピソードを、メンバー全員に聞いた。(黒田隆憲)
「コース料理のように、1品ずつ出していけたのが良かった」(柳下)
──そもそも、この9カ月連続シリーズをやろうと思ったのはどんなきっかけだったのでしょうか。
宮原良太(以下、宮原):例えばロサンゼルスを拠点に活動しているScary Pocketsや、ギタリストのジュリアン・ラージなんかもそうですが、海外のバンドの中には毎月とか毎週とか、定期的に1曲ずつMVも一緒にリリースしているバンドが結構いるんです。それを見てすごく楽しそうだなと思い、「自分たちでやってみよう」と思ったのが最初のきっかけですね。
──毎月25日にリリースということで「ニコニコの日」だそうですが、25日にしようと思ったのはなぜ?
宮原:「25日だったらみんな給料日なのでテンション上がっているんじゃないか?」みたいな話になりましたね。給料でテンション上がっているのを、スペアザのリリースでテンション上がっていると勘違いするんじゃないかと。
──あははは。
芹澤優真(以下、芹澤):あと、毎月決まった日に出ると「集まりやすい」と思ったんですよ。例えばYouTuberとかは、配信日を決めて、それをしっかり守っているらしいんです。それで定期的に出し続けることによって、人が集まりやすくなるという。確かに、その方が受け手も予定を立てやすくなるじゃないですか。別に後追いで視聴してもいいのに、「できればリアタイしたい」ってなる心理状態も面白いですよね。思えばオンラインじゃなくても「毎月恒例ライブ」とか今まであったわけで、それがネット空間にも形成されている。
──毎月1曲ずつだと、受け手もそれを1カ月間大切に聴いてくれるという効果もありますよね。
芹澤:そうなんですよ。以前はレコーディングしてから世に出るまでにインターバルが空いてしまうことも結構あって、作った時のこととかすっかり忘れてしまうこともあったんですけど、このやり方だと1曲ずつ新鮮に聴かせられるし、何よりみんな油断して聴いていないような、アルバムの9曲目に入っているような曲もちゃんと世に知れ渡るんですよね。
柳下武史(以下、柳下):本来のアルバムは、定食料理みたいに一気に出すような感じだけど、今回の『Journey』はコース料理のように、1品ずつ出していけたのが良かったのかなと。
宮原:確かにね。例えば「Falcon」の良さとかはアルバムで出すと気づかれにくい。でもこうやって出すと「Falcon」みたいな曲の魅力にちゃんと気づいてもらえるので、やって良かったなと思います。
芹澤:やっぱり出し方も大事なんだなとつくづく思いました。こういうやり方は時代にも合っているし、しかも僕たちにも合っているなと。
──では1曲ずつ制作エピソードを聞かせてください。「Fanfare」は、まるでファンファーレのようなメインテーマと、プログレやハードロックにも通じるリフの繰り返しでどんどん盛り上がっていく曲です。
宮原:アルバムの曲順は、配信した順番通りにすることは最初から決めていたので、「よしアルバムの1曲目に相応しい曲を作ろう」と思って机に向かい、MIDI鍵盤の電源を入れ、適当に弾いてみるうちにこうなっていたという(笑)。ただ、メインテーマだけだと曲が長くならないと思ったので、ちょっとプログレっぽい要素を加えています。
──まるで監視カメラのモニターのようなMVの映像もユーモアたっぷりです。
芹澤:このところ、ビクタースタジオの広いブースで撮影するパターンが続いていて、また同じところで撮影と聞いた時にめっちゃテンション下がったんですよ(笑)。「同じところばっかで嫌だな」って。どうせならすごく狭い場所で撮るなど、少しでもシチュエーションを変えたかった。
又吉優也(以下、又吉):そういえば、良太も前から「めちゃくちゃ狭い場所でギュウギュウになって演奏したら面白いんじゃない?」とか言ってたよね?
宮原:そうそう。Scary Pocketsがそういうことをやってて。それで監督やメンバー、スタッフとアイデアを出し合う中で、こういう映像になりました。レトロなエフェクト処理してくれたり、可愛いフォントのキャプションを入れたり、それがものすごく好みで「これは傑作だ!」と思いました。あのタイプのビデオを何本も作りたいですね(笑)。あと、あのビデオのドラムはステレオでなくモノで録っています。その音もめちゃくちゃカッコいいので気に入っていますね。
又吉:ちなみに僕らはMVでも、全て生演奏であることにこだわっています。だいたい1回の撮影で2〜3テイク録って、その中からいいテイクを採用しているのですが、当然レコーディング音源とテイクも違うので、その違いも楽しんでもらえたら嬉しいですね。
芹澤が初めて「スペアザのリスナー」になれた曲
──「Early Morning」はとにかく変拍子がユニークです。基本的には「3拍子+3拍子+4拍子+4拍子」のセクションと、7拍子のセクションを組み合わせているのですか?
宮原:そうです。西アフリカのベナン出身のリオーネル・ルエケというギタリストがめっちゃ好きで、それをイメージしながらギターを弾いて作りました。結果的には全くエルケらしさのない楽曲ですが(笑)、そうやってインスパイア元から微妙にずれていくところも音楽の面白さかなと思っていますね。
──「Apple」は、ノスタルジックで切ないギターのアルペジオから始まるワルツです。まるで寂れた遊園地のメリーゴーランドから聴こえてくるような、ひなびたメロトロンサウンドも印象的でした。
宮原:この曲は車を運転しているときに、イントロのギターフレーズが思い浮かびました。帰宅してギターで弾いてみたら、思った通りの楽曲に仕上がって(笑)。僕らにしては珍しく、ちょっとオシャレ系のコード進行を使っていて。それがすごく新鮮だったし、作っていて楽しかったですね。
芹澤:ただ、ノスタルジックなまま終わってしまうとちょっとおじさんっぽくなりそうだなと思ったので、後半のローズピアノはJ・ディラを参考にしつつ、絶妙にリズムをずらした演奏をしています。
──曲のタイトルはどこから来たのですか?
宮原:この曲、ちょっと『ふぞろいの林檎たち』(TBS系ドラマ)みたいだなと思ったんですよ。と言いつつドラマ自体は一度も観たことがないんですけど(笑)。林檎をお手玉のように真上に放り投げる有名なオープニング映像があるじゃないですか。あのイメージが頭の中になぜか浮かんだんです。
──なるほど。そして「Bluelight」は、あちこち不規則に飛び回るトリッキーな旋律が、まるで突然降り出した大粒の雨のようで聴いていてとても楽しいです。野音で演奏した時も、ひときわ盛り上がっていました。
宮原:ありがとうございます。この曲は作るのに結構時間がかかりましたね。仮タイトルは「青春」。人って年齢を重ねると、ついつい落ち着いた曲を作ってしまいがちなので、僕たちにしては結構ヤングな曲調を目指しました。ちなみに「Bluelight」は、珍しく芹澤が「いい!」って言ってくれたんですよ(笑)。普段は曲を作って持って行っても誰も何も言ってくれないのに。
──そうなんですか(笑)。
宮原:はい。確かこの曲は、芹澤が風邪をひいてしばらく休んでいる間に、残りのメンバーでどんどん進めてったんですよね。で、久しぶりに聴いた芹澤が「なんか、俺がいない間にめちゃくちゃカッコよくなってる……」って言ってくれて。
芹澤:そう、2週間くらいスタジオに行かない間に、この曲がデモからかなり進化していて。もちろん、他の曲もみんないい曲なんですけど、「Bluelight」に関しては制作の途中経過を飛ばしたことで、リスナーみたいな気持ちでスペアザを俯瞰できたんですよね。生まれて初めて「スペアザのリスナー」になれたのがこの曲でした(笑)。
──「Bed of the Moon」は夕暮れが似合う曲です。切なくて、だけど胸が熱くなるような……シンプルなコード進行なのに予想外の景色を次々に見せていく、まさに「スペアザ印」とも言える楽曲ですね。
宮原:アニメ『魔法の天使クリィミーマミ』のテーマ(「デリケートに好きして」)をYouTubeで聴いていて、ものすごく感銘を受けたんです(笑)。あの当時のアニメって、今の作品にはない「底抜けに明るいファンタジー」を感じるんですよ。「なんていい時代だったんだろう」って。そのイメージを引きずりながら作ったのが「Bed of the Moon」です。クリィミーマミって、三日月をベッドにして寝そべっている印象がないですか?
──なるほど(笑)。それでタイトルを「月のベッド」にしたのですね。この曲と「Falcon」のMVは紫金飯店で撮影が行われました。
芹澤:紫金飯店はビクタースタジオの近くにあって、レコーディングの時はいつも出前を取っているんですよ。まさかお店の中で撮れるなんて思ってもいないじゃないですか。「絶対面白そうだな」と思ってずっとワクワクしていました。
宮原:お店の人たちも、びっくりするくらい良くしてくれてね。
芹澤:お店の従業員さんにも、実際に出演してもらっているし。
宮原:しかも今回、紫金飯店さんとコラボグッズも作らせてもらって。それもすごくいい出来で満足しています。ただ……演奏するにはモニター環境が決して良いとは言えず、なかなか苦労しましたね。
芹澤:そもそもご飯を食べるところだからね(笑)。でも、こんな昭和の老舗に楽器を持ち込んで演奏する機会なんて、人生でそんなにあることじゃないよなと。「俺たちは今、特別なことをしているんだぞ?」とは自分に言い聞かせていました。「特別なこと」というよりは、ちょっと「いけないこと」をしている気分だったのかもしれない。その背徳感にもゾクゾクしました(笑)。
宮原:もし、また次にやる機会があったらモニター環境を向上させて、さらに満足のいく演奏をしたいです。新しい目標ができました(笑)。