「偽物勇者」が大反響の703号室、ハイブリッドな活動で到達したアルバム『BREAK』 アーティストとしての二面性を読み解く

 シンガーソングライター・岡谷柚奈によるソロプロジェクト・703号室が、1stアルバム『BREAK』をリリースした。

 2019年に発表したデビューシングル曲「偽物勇者」がストリーミングサービスで2700万回再生、YouTubeで2300万回再生を超えるなど、大きな反響を巻き起こした彼女。アルバムはそこから発表してきた全ての楽曲に加えて新曲3曲を加えた全16曲を収録している。

 とても興味深いのは、703号室というアーティストが非常に今の時代らしい形で認知を広げてきたということだ。「偽物勇者」がリリースされた時点では、全くの無名。タイアップもメディア露出もゼロだったが、TikTokから波紋のように反響が広まっていった。

 もともと専門学校の同級生3人で結成したバンドとしてスタートし、卒業と同時に岡谷柚奈のソロプロジェクトとなった703号室。その名はまずSNSと動画サイトから広まった。「偽物勇者」のイラストを用いたアートワークや、ある種の匿名性を想起させる名前から、いわゆるネット発のユニットのようなイメージを持ったリスナーもいるかもしれない。が、その一方で、703号室=岡谷柚奈はリアルな場所での活動も旺盛に行ってきた。ももいろクローバーZが主催する『ももいろ歌合戦』への出演など、ライブの場でも着実に支持を広げてきた。

 そういうネットとリアルのハイブリッドな活動形態を経て到達した一つの地点が、この1stアルバム『BREAK』と言える。

 そして、もうひとつ興味深いのは、アルバム『BREAK』に703号室というアーティストの二面性がありありと浮かび上がっていること。一つはダークでシリアスな側面。社会の常識や人のあり方を改めて問い直すような曲や、普段は心のなかに隠している欲望や葛藤のような生々しい感情をさらけ出すような曲だ。そしてもうひとつは爽やかでキュートな側面。キラキラとした青春の情景を思い起こさせるような曲や、恋愛のピュアな喜びを綴った曲だ。このふたつが軸になっている。

 サウンドのスタイルとしても弾き語り、バンドサウンド、打ち込みとバラエティに富んだ本作。アルバム一枚のトータルな世界観やコンセプトとしては、統一感に欠けているような気がしなくもない。が、おそらく、作品としてのまとまりよりも、アーティストとしてのこれまでの歩みの集大成としての形を見せるドキュメントとしてのあり方を優先したということなのだろう。

 1つ目のダークサイドを象徴する曲が、代表曲の「偽物勇者」。SNS上の誹謗中傷をモチーフに、善悪や正義の相対性について歌った曲だ。

703号室 -『偽物勇者』(Music Video)

 フックの強いメロディに乗せて〈正義のヒーローの仮面の下も知らずにね/偽物勇者は僕だった。〉と歌うこの曲がバイラルヒットしたことは、おそらくキャリアの大きなターニングポイントになったはず。その延長線上にあるような、人間の内面にある負の感情を掘り下げていくようなタイプの曲が作風として確立されていく。

 YouTubeでの再生回数が450万回を超える人気曲「人間」も、〈手足があるから人間か?/脳みそぶちまけりゃがらんどうか?〉と挑発的に歌うダークサイドの1曲だ。EDM的な要素を導入したサウンドに展開の多い曲調、様々な声色を使いこなすボーカルと、より“バズる”ことを意識した曲作りになっている。

703号室『人間』(Music Video)

 アルバムのリードトラックとして先行配信された「非釈迦様」も、「人間」と同じく共同編曲にラムシーニを迎えた一曲。〈貴方の「幸」など喰らいたいのよ/過去も未来も要らないくらいの現在が欲しい〉と、ギラギラした欲望を曲にしている。

非釈迦様

 そして新曲の「egoist」は、やはり善悪や正義が相対的であることを歌う「偽物勇者」のセルフアンサーのような1曲だ。

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