ピノキオピー「皮肉を言ってマウントを取ってやろう!という気持ちはない」 「神っぽいな」から『META』に通じる楽曲の本質
『ドラえもん』のように世間にもっと広まるものを作れたら
――7曲目の「余命2:30」は2022年8月に発表されたミディアムバラード。2分30秒の楽曲内で、ひとつの命が生まれて死ぬまでの過程を描いた衝撃作です。
ピノキオピー:最近は手軽さや人間の集中力が持続する時間に合わせて、2分30秒くらいの長さの楽曲が増えていますけど、とはいえ自分が普通に2分30秒の曲を作っても面白くないので、バラード調でなおかつ“2分30秒しか生きられない”という人生を楽曲に詰め込む形にしました。要は「2分30秒」という時間の“メタ視点”を意識した楽曲ですね。
――短い尺の中でしっかりと物語が描かれていますし、どこか寂しいような、切なくなる聴後感も含めて、個人的に藤子・F・不二雄のSF短編に近い匂いを感じました。
ピノキオピー:僕は子供の頃からそれを読んで育ったようなものなので、それは嬉しい感想ですね。『ミノタウロスの皿』に衝撃を受けたところから始まったので、自分の中では、藤子・F先生といえば『ドラえもん』よりもSF短編なんです。藤子・F先生のマンガというのは、どこか“無情”なんですよね。(キャラクターが)真顔で淡々としているのが、自分にとってはたまらないところで。でもユーモアもあるじゃないですか。自分のルーツには、時間の経過による抗えなさや人間の逃れられない感じといったものがあるのですが、それは藤子・F先生のSF短編に影響を受けたからこそという部分もあって。この「余命2:30」も2分30秒という抗えない枠の中で何を残せるか? というシリアスさがありつつ、ちょっとふざけているところもあるじゃないですか。
――そうなんですよね。加えて命をエンタメ化することに対する違和感についても、自己言及的に描かれているように感じました。
ピノキオピー:まさに。〈涙で消費しないでね〉という歌詞はそういうことです。悲しかったら泣くのは当然のことですが、結果として「死」がドラマ中の装置として軽薄に描かれたときに、「ん?」と思うことが多くて。それがどういう涙なのか、客観的に見てしまうところがあるんですね。なので、この曲は“涙”への客観性もあるかもしれないです。
――8曲目の「キラースパイダー」は、2022年10月に公開されたミニマリスティックなアップチューンです。
ピノキオピー:SNSが普及して、「いかに人の心をコントロールできるか」が重要視されてしまう時代だと感じていて。あまりにもコントロールが重視されると支配的になってしまうし、そういうやり方は予定調和になりがちでエンタメや創作として新鮮味に欠けるので、自分はそういう世界は嫌だなあということを考えながら作った楽曲です。マウントの取り合いじゃないですけど、支配的に接することでしか他人とのコミュニケーションを取れない人の悲哀も描けたらいいなあと思って作ったのですが、ただ、公開したときに思ったのは、そのテーマが伝わらなかったなあということでした(苦笑)。
――最初のほうでも少しお話しましたが、作為的なものに対して違和感があるんですね。
ピノキオピー:ありますね。自分も「こういうのも面白いのでは?」というメンタリティで楽曲を作ったりしますけど、そこで「こういうのが好きなんだろ? さあ、楽しめ!」という感じになると違うよなあと感じていて。「そうなるのはいけないよな」っていう自分への戒めの曲でもありますね。
――続いての「ちきゅう大爆発 – META ver –」は、YouTubeやTikTokなどで人気のP丸様。に提供した楽曲のセルフカバーになります。
ピノキオピー:もともと完全に自分が思うP丸様。のイメージ、動画やイラストのぶっ飛んでいる感じをイメージして作った楽曲なんですけど、それこそ今回のアルバムは「神っぽいな」をはじめ大いなる存在からの視点の楽曲が多いので、この楽曲もピッタリだなと思って収録させていただきました。基本的に誰かに楽曲提供するときは、その人が歌うことに意味があるものとして作っているので、ボカロでカバーすることはあまりないのですが、この曲に関してはボカロにも合うかなと思って。
――P丸様。由来のすべてを笑い飛ばすような視点が、このアルバムのテーマ性にも上手くマッチしていますよね。
ピノキオピー:ユーモアですべてを包み込む感じがいいんですよね。歌詞も単語の羅列というか、なるべく意味のないものにしていて。「アップルドットコム」(2017年発表)に近い方法論で、それをよりテンション高く作った曲でしたね。
――そして今年2月に公開されて話題となったのが、人気ブロガーのARuFaさんがインタビュアーとして楽曲に参加した「匿名M」。Mこと初音ミクが匿名インタビューを受ける様子がそのまま楽曲になった異色作です。
ピノキオピー:最初は、いわゆる匿名インタビューで話者の声が高くなったり低くなったりする、あの声でボカロを歌わせることはできないか? という発想から始まったんですけど、そこから“匿名でインタビューを受けている初音ミクの曲”というアイデアが浮かんだときに、友達でいつかコラボしたいと考えていたARuFaさんなら、普段から自分の顔に目線を入れている人がインタビュアーを務める絵面も面白いし、人に対してあまり興味がなさそうなパブリックイメージも含めてピッタリだなと思って、今回お願いしました。ARuFaさんは『匿名ラジオ』というラジオ番組もやられていますし、いろんな要素が上手く組み合わさったんですよね。
――まさにアイデア勝負みたいな楽曲ですよね。
ピノキオピー:「思いついてしまったからしょうがない」みたいな感じで出来上がった曲なので(笑)。個人的には、自分のファンの人が「ああ、またピノキオピーが変なことやってるな」くらいの反応で終わる曲だと思っていたので、今たくさんの方に聴かれていることに結構びっくりしていて。この時期は「歌ってみた」のようなUGC(ユーザー生成コンテンツ)の促進がよく言われていたので、逆に誰も歌わないだろうなと曲を好き勝手に作ってみたら、結果的にMAD動画がすごくたくさん作られたんですよ。なので今回のアルバムの中で、自分が面白いと思ったアイデアが一番伝わった曲かもしれないですね。
――また、そういう面白ネタみたいな部分だけでなく、楽曲内で初音ミクという存在自体にも言及されているところがピノキオピーさんらしいなと思いました。
ピノキオピー:それこそ皮肉だけで終わるのは嫌だなと思ったので(笑)。「ボカロ/初音ミクとは?」というテーマはもう語り尽くされているところもありますが、いろんな人がボカロから離れてしまって寂しい気持ちもある中で、僕はそれも含めてボカロカルチャーだと思うし、その懐の深さ込みで初音ミクという存在はすごくエモいなと思うんです。なので僕はこの曲の中で初音ミクに〈自分で歌い出したり、キャラを乗り換えたり、飽きたり、色々です。〉のあとに〈みんながハッピーならいいな!って思います。〉と言わせたんです。ミクがそのことを受け入れているのなら、もう誰も何も言えなくなるじゃないですか。そういう感じを書くことができてよかったなと思います。
――そしてアルバムの11曲目を飾るのが新曲の「META」。エモーショナルなエレクトロナンバーで、このアルバムを通じて伝えたいことを象徴する楽曲のように感じました。
ピノキオピー:アルバムをアタマから順番に聴いて、最後にこの曲を聴いたときに、「こういうスタンスでこのアルバムを作っていたんだ」という答え合わせするような楽曲ですね。いろんな“メタ視点”を経たうえで結果として自分を取り戻すと言いますか。少し話がズレるのですが、前に工藤大発見という自分で曲を作って歌って絵を描くプロジェクトをやったときに、ボカロとは違うことをやってみることで、逆にボカロの魅力を再確認することができたんですね。で、今回は「神っぽいな」や「魔法少女とチョコレゐト」のように、自分ではない視点から楽曲を描くことで、より自分の輪郭が見えるようになる感覚を欲していたところがあって。実際にこの一連の『META』を制作する流れを経て、それが見えたような気がするし、そのすべてを結集したのがこの『META』なんです。
――歌詞にも〈メタを超えて 推敲の果て 残った気持ちを〉とありますが、アルバムの楽曲で様々な“メタ視点”を描いたうえで、この楽曲の最後に辿りつく言葉が〈剥き出しの愛しい気持ちを〉というのが素敵で。やはりピノキオピーさんの本質にあるのはピュアな感情なんでしょうね。
ピノキオピー:結局、自分はもっとピースフルなことが言いたいし、それに感動してほしいんだと思います。2014年に発表した「すろぉもぉしょん」が自分の中でも根幹にある、名刺みたいな楽曲なのですが、そこを見てほしい気持ちがすごく芽生えたかもしれないですね。ただ、それをそのまま楽曲にしてもなかなか聴いてもらえない部分もあると思うので、今後はいかに、自分がいいと思っていることと、聴いてもらえることのギャップをすり合わせていくか。そういう作業になっていく気がします。
――ただ、パッと見はシニカルなようでいて芯には熱いものがあることは、これまでの楽曲からも伝わってきたところですし、近作ではそういう部分がよりわかりやすく伝わるように思います。それこそ今回のアルバムには「腐れ外道とチョコレゐト – META remix –」も収録されていますが、「腐れ外道とチョコレゐト」の頃と今とでは歌詞の書き方にも変化が感じられますし……。
ピノキオピー:それはどういう印象ですか?
――昔よりも今の楽曲のほうが、言葉の使い方がよりソリッドになっているというか、言葉の一つひとつがクリティカルに刺さってくるような印象があります。
ピノキオピー:その感想は嬉しい~! たしかに昔は「伝える」ということをサボっていたというか、自分だけがわかっていればいいという気持ちが強くて。時間が経るにつれて、「この言葉でこう伝わってほしい」という気持ちがどんどん芽生えて、なるべくわかりやすく届けることを意識するようになりました。
――その意味では、今回の『META』もご自身の伝えたいことが“メタ思考”というテーマを通じて素直に表現された作品になったのではないでしょうか。
ピノキオピー:今回は本当に一区切りという感じがしていますが、とはいえ先ほどの「エゴイスト」の話で出てきた〈真っすぐな君が眩しすぎんぜ〉という感覚はずっと消えないと思っていて(笑)。メタ視点はいろいろなことを注意深く見てしまうがゆえに、淡々としてしまうデメリットがあるなと思うんですね。それこそ藤子・F先生にしても、もっと優しさやノスタルジーを感じさせる作品も描かれていますし。メタを進めすぎると『ヒョンヒョロ』や『コロリころげた木の根っ子』みたいに救いのないものばかりになってしまうので(笑)、自分としては『ドラえもん』のように世間的にもっと広まるようなものも作れたらと思いますね。
※1 https://realsound.jp/2021/08/post-834746.html
※2 https://realsound.jp/2021/03/post-715929.html
■リリース情報
ニューアルバム『META』
2023年5月17日(水)リリース
収録楽曲
1. 神っぽいな
2. 魔法少女とチョコレゐト
3. 転生林檎
4. エゴイスト
5. 甘噛みでおねがい
6. コスモスパイス
7. 余命2:30
8. キラースパイダー
9. ちきゅう大爆発 - META ver -
10. 匿名M
11. META
12. 腐れ外道とチョコレゐト - META remix -
■ライブ情報
『MIMIC』
日程:2023年7月29日(土)
場所:KT Zepp Yokohama(〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい4-3-6)
開場:17時00分/開演:18時00分
チケット料金:一般指定席 5,500円(税込)
指定席(着席指定エリア) 6,500円(税込)
※ご入場時、別途ドリンク代(600円)が必要です。
※着席指定エリアは着席指定エリアは2階席最前二列となります。こちらのお席は着席指定のお席となり、公演中は必ず着席の上、お楽しみください。
出演:ピノキオピー
来場者特典:MIMICステッカー
主催:株式会社HIKE
ピノキオピーオフィシャル HP:https://pinocchiop.com/