ドレイクの新作『Honestly, Nevermind』はいかにして生まれたか? 多くの“消失”を歌い続ける理由に迫る
我々がここ数年で失ったものは何か。ドレイクが不意打ち的に投下したニューアルバム『Honestly, Nevermind』は、そんな大きすぎる問いに、我々を向き合わせる作品だったように思う。黒いジャケット、溶ける文字。激しく脈打つ音。一見すると、あまりにも意外な展開だが、ドレイクにとってこのアルバムは全くもって唐突な代物ではない。
2021年にリリースした前作『Certified Lover Boy』が、ある種のヒップホップマナーに則ったような、ミックステープ的な趣向の作品だったのに対して、本作『Honestly, Nevermind』は、まるでモードチェンジしたかのように、ダンスミュージックに溺れた作品となっている。メロディアスなスタイルを持ち味とするドレイクは、いわばメインストリームで歌とラップを横断してきた象徴的な人物の1人だが、本作では、ラッパーとしての彼は鳴りを潜め、何よりもサウンドをコンセプチュアルに固めながら、歌うことに、そして人々をダンスフロアへ誘うことに、徹しているように見える。
ここで我々は、彼のアクションの動機を探ろうと2枚のアルバムを聴き直すことになる。1枚目はドレイクが2017年にリリースした『More Life』。決して短くない尺の中でムードを統一し、個性豊かなゲストを迎えたこの作品で、すでに彼はダンスミュージックへの接続を見せている。巧妙なサンプリング、音楽的なドレイクの編集術が際立つこのヒップホップアルバムの中で、南アフリカのハウスDJであるBlack Coffeeが参加した5曲目「Get It Together」は人々の身体を揺らした。『Honestly, Nevermind』にも計2曲で参加しているBlack Coffeeだが、本作は、この『More Life』における彼との仕事を拡大させたアルバムと言えるかもしれない。
そうであれば、さらにサウンドのイメージを補強するためにBlack Coffeeが昨年リリースしたアルバム『Subconsciously』を2枚目として聴いてみようか。セレステやアッシャー、サブリナ・クラウディオなど、豪華なボーカルを揃えながら、自身の音楽性を洗練させたパワフルかつムーディなアルバムではあるが、全体に見られるメロディアスな成分の強調、とりわけ収録曲「Flava(feat. Una Rams & Tellaman)」の仕上がりは、むしろ前述したドレイクとの仕事を連想させるものでもあった。このことからも、『Subconsciously』と『Honestly, Nevermind』は当然のように近い場所にいる音楽だと言える。
あるいはもう少し記憶を遡ってみてもいい。「Hold On, We're Going Home」や「One Dance」など、サンプルはいくらでもある。このようにドレイクは常にハウスミュージックへのレファレンスを少なからず作品内に散りばめてきた。彼の今までの楽曲を慎重に聴いてきた人にとっては、『Honestly, Nevermind』は、意外どころか、これまでの伏線が回収されたようなアルバムとして聴こえるかもしれない。そういった点で、筆者は『More Life』以降のハウスアルバムである本作を、極めてドレイクらしい作品であると解釈する。
人々がどうやらダンスフロアに戻りつつある2022年に、ここに振り切る形で接近したのはドレイクだけではなく、例えば『Honestly, Nevermind』から間を空けずにリリースされたビヨンセのニューシングル「Break My Soul」が同じようにハウスだったことも記憶に新しい。また、宇多田ヒカルがフローティング・ポインツとともに作り上げた「Somewhere Near Marseilles-マルセイユ辺り-」も同様である。今年を代表するビッグアーティストたちが、ダンスフロアという一つの場所に向かっていることは、あまりにも象徴的だ。パンデミックにより、人々が部屋に閉じ込められ、内省に向かっていた中で、これらの音楽は人々を解放するとともに、まるで失われたものを取り戻そうと、音を鳴らしているようにも聴こえる。