ヨルシカ、ワンマンライブ『前世』は芸術だったーー朗読劇を通じて再認識する楽曲とバンドの真骨頂

ヨルシカ、ワンマンライブ『前世』レポ

 そして何より、ボーカルを務めるsuisの歌唱力に舌を巻いた。何と言っても発音が美しい。歌詞がストレートに耳に届く歌い方を徹底している。物語が主軸となるこの公演の性質に、suisの歌唱は欠かせない要素と言っていいだろう。また、suisの声には透明感があり、いわゆる純粋さを感じるのだが、純粋さゆえに脆さも孕んでいる。だからこそ曲が伝える“心の痛み”を表現するのが非常にうまいボーカリストだと思うのだが、suisはその脆さを補う強さも備わっていると感じる。若さと落ち着きが同居した不思議な声質だ。後半から登場したストリングス隊との相性も抜群だった。

 そんなsuisの歌が終盤になるにつれて熱を帯びていく。特に「詩書きとコーヒー」は秀逸だった。〈わかんないよ わかんないよ〉というシンプルなフレーズのリフレインに、何とも言えない感情が深く込められている。終始冷静さを保つn-bunaの朗読に対して、エモーショナルな表現で魅了するsuisの歌唱。そして「春泥棒」で大団円を迎える。この2人のコントラストがライブに抑揚を生み、終盤まで観客を飽きさせない。

 物語は男女2人の登場人物のやり取りを軸として、終盤にとある“落ち”を迎える。この“落ち”については伏せておくが、一つ書いておきたいのは、物語全体に通底しているのは万物への愛だということ。一見して男女の切ないストーリーのように思えるが、季節の移り変わりや時間の経過の中に、草や木、動物、魚、虫、雲や風、あるいは太陽や月など、あらゆる事物についての愛がある。だからこそ、この公演を体験した後に残るのは、悲しみよりも心の温かさなのだ。そして、人間の感情を伝えるのが音楽だとすれば、この公演は、音楽というよりは芸術と表現した方が近いだろう。

プレイリスト:https://lnk.to/zense2023

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