菅原圭、クリエイターとの交流で芽生えた新たな挑戦心 ユニークな発想源やシンガーとして在りたい姿も明かす
シンガーソングライターの菅原圭が、1stデジタルアルバム『round trip』を12月14日にリリースした。
2020年頃よりネットに楽曲を投稿し始めた菅原は、その美しく芯の通ったエモーショナルなボーカルと、等身大でありながら遊び心も感じさせる絶妙な表現の歌詞、そして曲ごとに表情を変える洗練されたサウンドで注目を浴びてきた。今年はさらに「Spotify Early Noise 2022」に選出されたことでその注目度は急上昇し、ネクストブレイクアーティストとして多くのリスナーの間で話題となっている。
今回のアルバムは、そんな彼女がこれまでに発表してきた楽曲の中から、自身による作詞作曲の作品だけを選りすぐり収録したベストアルバム的な内容となっており、菅原から生み出された歌が、クリエイターたちの手によってアレンジされ、それがまた菅原のもとへと“round trip=往復”してきた作品を再度この一枚のアルバムに綴じている。彼女の歌がどのように生まれるのか、そして気になる今後の活動について話を聞いた。(荻原梓)
クリエイターとの“round trip”がそのまま作品のテーマに
ーーアルバムが完成して今の率直な気持ちを教えてください。
菅原圭(以下、菅原):これからだなという感じがしてます。初めてのデジタルアルバムということで、このアルバムを作るにあたって色々な経験や知識をいただいたので、今後2ndや3rdを出していくにつれて慣れる時が来るのかなあと。これからももっともっと頑張ろうと思ってるところです。
ーー今まではいわゆる自主制作的な印象を持っていたんですけど、一人での活動は大変だったんじゃないですか?
菅原:もう手一杯な状態でした。私の場合、クリエイターの方にどう関わっていいかが分からないというところから始まってるので、失礼なメールもきっと送ったことがあるでしょうし、金額の相場が分からなくて「これくらいしか出せないんですけど……」みたいなこともあったりして。そんな私に力を貸してくれたクリエイターの方だったり、電話とかで自分の内情を聞いてアドバイスしてくれた人だったり、本当に人に恵まれた3年間だったと思います。
ーーでは早速そんな苦労をかけてでき上がった今回のアルバム『round trip』の話をしましょう。ベストアルバムの側面が強いそうですが、改めてこの10曲を選んだ理由を教えてください。
菅原:このアルバムに入ってるのは、他の方に書き下ろしてもらった作品とは別で、私が自分で作詞作曲したものだけを入れています。「crash」や「エイプリル」「ia」に関してはすでにリメイク版を今年リリースしてるので、今回のアルバムには収録していません。あと、「レモネード」「シトラス」「カーテン」「ミラ」「シーサイド」「フライミ」あたりは編曲はしてもらったもののマスタリングはまったくしていない状態で投稿していたので、アルバム用に音量差のバラつきを直してます。
ーー昔からのリスナーも楽しめる作品になってると。
菅原:以前は曲を再生した瞬間に突然大きな音が出たりしてたので、マスタリングを一からやり直してもらって、アルバムを通して聴きやすい質感になってると思います。
ーー『round trip』というタイトルにはどんな意味がありますか?
菅原:「往復する道」という意味合いでつけました。そのままなんですけど、菅原が曲を書いて、それを編曲の方にお願いして、返ってきたものをまた新たに自分のアルバムに収録する、という流れを表しています。
ーー様々なクリエイターが関わってますが、編曲する方にはどういったオーダーをしてるんでしょうか?
菅原:基本的に「こういうのは嫌だ」というのだけはお知らせして、「あとは好きに作ってください」とお願いすることが多いです。
ーー不思議とどれも楽曲の世界観に統一感を感じます。
菅原:たぶん「菅原にはこういうものが似合う」というクリエイターたちの見立てが近いからだと思います。イラストもそうで、色の指定はしてないんですけど、みんななんとなく暗めの青緑を入れてくださることが多くて。
ーー面白いですね。菅原さんの詞とか声からイメージするものが近いということなんでしょうか。
菅原:そうなのかもしれないですね。
ーーちなみに菅原さんは詞が先ですか? それとも曲が先にできるタイプですか?
菅原:同時ですね。メロディと言葉が一緒に出てきて、それを繋げて作ってます。
ーーどんな時に曲が思い浮かびますか?
菅原:生活の中で、いつでもです。それこそこういう場面だったり。
ーー今この取材中にも?
菅原:そうです、そうです。こういう取材中とか、窓から見える景色とか。仕事中に見る風景とか夜景とか、「暗い鼠色の空だな」とか。帰り道に出てくることも多いので、いつもスマホにボソボソ録音しながら歩いてます。
ーーボイスメモに録る派なんですね。
菅原:ボイスメモというか動画で録ってて。ボイスメモだと人に送る時に不便かなと思って、こうやって動画で……(カメラロールを見せながら)。
ーーなるほど、映像は何も映ってないんですね。
菅原:家に着くと忘れちゃって、「あの時いいメロディが浮かんだのに」ってことがあるんです。なので思いついたらその場で動画で録っています。最近買ったばかりのスマホなんですけど、もうそろそろ容量がいっぱいで(笑)。
ーーそのたくさんあるデモの中から曲にしていくわけですね。
菅原:そうです。家に帰ってDAWを開いて、デモを繋げてアカペラで歌って一曲を完成させます。それを編曲する方にお渡しするという流れですね。
ーー渡す段階ですでに歌詞はできているんですか?
菅原:基本的に歌詞もでき上がってますね。細かく「こうした方がいいんじゃないか」というアドバイスがあれば、それに沿って微調整します。
制作ではマネキンに服を着せるような感覚を楽しむ
ーーなるほど。ではアルバム収録曲についてうかがいます。1曲目の「lien」は新録曲ですが、どういった作品でしょうか?
菅原:「世界が終わるから会いたい人」というテーマで作りました。特別仲が良いわけじゃないけど、なぜか年に一度は頭に浮かぶような人をイメージしてて。タイトルの「lien」というのは、フランス語で「縁」という意味らしいです。
ーーこれはどんな時に浮かんだ曲なんですか?
菅原:友達に車に乗せてもらった時に、「もし明日世界が終わるんだったらどうしようかな」とサービスエリアで考えたことがあって。その時に会いたい人を考えてみたんです。そしたら、自分のことをまったく知らない、でもなんとなく知ってる人が浮かんできて。自分が今どういう仕事をしてて、どういう人間なのかを知らないような、今一番仲が良い人じゃないけど、なぜかずっとなんとなく仲が良い人。そういう人に会いたいかもなと思ったところから浮かんできた曲です。
ーーでは蛙目書店さん編曲の「レモネード」や「シトラス」はどうですか?
菅原:「レモネード」は、私はあなたの好きなことに興味があるのに、でもあなたが好きな彼女はあなたのことを知らない、みたいな切なさから作りました。「シトラス」は、何でもできて心配事もない完璧人間でも自分と同じように悩んでて苦しんでるんだ、私はこの人のことを嫉妬してたけど悩んで泣いてるんだ、つらいんだ、と分かってしまったっていう曲になってます。
ーーどれも発想が面白いですね。同じく蛙目書店さんが編曲している「シーサイド」はどうですか?
菅原:これは品川シーサイドをイメージして作りました。
ーー(笑)。
菅原:天王洲アイルとか品川シーサイドとかのエリアって、すごい名前の駅名が連なってるじゃないですか。それを見て「品川シーサイドで曲が作れそう!」って友達と談笑してた時に作った曲ですね。
ーー品川シーサイドの駅の雰囲気を曲にしたということですか?
菅原:いえ、名前だけですね。降り立ったこともないので、品川シーサイドに海があるかどうかもわからないです。
ーー単語だけでも曲を作れることがあるんですね。
菅原:あります。テーマがあった方が私は作りやすいタイプなので、例えばこの曲なら“品川シーサイド”というワードから少し爽やかで、でも波に飲まれて消えていってしまう怖さ、みたいなことをイメージして作りました。
ーーそれでできた曲をクリエイターに渡すんですね。最初に浮かんだイメージと、最終的にでき上がったものにギャップは生まれたりしませんか?
菅原:ギャップはありますけど、私にとってはそれが普通なんです。たぶん自分に「編曲はこうしたい」というものがないから受け入れやすいんだと思います。曲を作る時にアカペラから入るので、後ろでこういう楽器が鳴っててこういうサウンドで……っていう具体的なイメージがない。マネキンに服を着せてもらってるような感じで、でき上がったものを見て「服を着たらこうなるんだ!」っていう着せ替え人形みたいなイメージというのかな。キャラクターの体を作って、服を着せたら「これ似合うじゃん!」っていう気持ちで、いち視聴者として私も楽しんでる感覚ですね。
ーー菅原さんとしてはそのマネキンを作ってる意識だと。
菅原:そうです。渡したらアクセサリーがついて帰ってきた、みたいな。そうすると「意外に似合うじゃん!」ってことが多くて楽しいです。
ーー完成品に対してこだわりが強い人も多いと思いますが、菅原さんのようにでき上がったものを素直に受け入れられると曲作りが楽しそうですね。同じく昔の曲で言えば「フライミ」はどんな“マネキン”を作ったんですか?
菅原:これは「現代版かぐや姫」といった感じで、急に「自分はかぐや姫だ」って思った恋人が月に帰っちゃったという曲ですね。ちょうどかぐや姫の映画を観たんです。
ーーそれで〈fly me to the moon〉だと。
菅原:天の羽衣を着ると人が変わったようになるっていう文献があって、今まで長い月日を一緒に過ごしたのに、それを覆せるぐらいの天の羽衣のせいで、あの人は私に一度も振り返りもせずに月に帰ってしまった、私はそこから動けなかった、という話から曲を作りました。