菊地成孔も賞賛するシンガーソングライター Lilla Flickaとは何者? <新音楽制作工房>と作り上げた『通過儀礼』の世界に迫る
謎のシンガーソングライター・Lilla Flickaが1stアルバム『通過儀礼』をリリースする。12月10日に同作のリリースパーティーが青山ゼロで行われ、そこで手売り販売されるほか、販売サイトにて予約も受付中(リリースパーティ以降に郵送開始)。CDの全国流通と配信は1月頭を予定している。
本作のプロデュースはジャズミュージシャン・菊地成孔が立ち上げた音楽ギルド・新音楽制作工房(※1)。NHKドラマ『岸辺露伴は動かない』の音楽を担当したことでも知られている。本作は、恋愛、性、SF、文学が並列に存在する、かつてない視点の世界が展開される。アルバムを通して、まるで展開が読めず、ワクワクしつつもスリリングなサウンドスケープを体験できる。このアルバムの制作について、菊地成孔とのつながりについて、そもそもLilla Flickaとは誰なのか、本人に話を聞いた。(宮崎敬太)
Lilla Flickaと加藤咲希はふたりでひとつ
ーーLilla Flickaとは何者ですか?
Lilla Flicka:“Lilla Flicka”はスウェーデン・ストックホルム出身のシンガーソングライターであり、新音楽制作工房に所属しているジャズシンガー 加藤咲希のペルソナ、別人格であり、Lilla Flickaと加藤咲希はふたりでひとつなんです。音楽的には加藤咲希はジャズ、Lilla Flickaはポップスという棲み分けがなされています。私は日本を拠点に活動をしていますが実際に家族がスウェーデンに住んでいるので行き来は頻繁にしていて。日本からスウェーデンへの直通便がないんですよ。なのでスウェーデンに帰る時は、経由地の滞在を楽しんだりしてます。
ーー1曲目の「Wild Strawberry Flight」はまさにそんな世界観ですね。
Lilla Flicka:そうですね。歌詞にフィンエアーが出てきますよね。これ、一応ちゃんと許可をとったんですよ。「大人なんだから」に出てくるMIU MIUもそうなんですけど、企業のお客様窓口みたいなところから電話して「私はこうこうこういう者で、今度出すアルバムの収録曲に御社のブランド名を使わせてほしいです」と。どちらも正式に許可をいただけました。フィンエアーのほうは、最終的にすごく偉い方と直接電話でお話して、OKをいただけました(笑)。
ーーお客様窓口から電話しちゃう行動力がすごいですね(笑)。本作は新音楽制作工房がプロデュースしていますが、これはどのような経緯で実現したのでしょうか?
Lilla Flicka:実はLilla Flicka名義で2018年にトオイダイスケさんがプロデュースした『Flower Arrangement』というアルバムをインディーズで制作してるんですね。ほとんど流通もしてない、非常にパーソナルな作品で。内容はすごく好きだけど、あの形でできることは『Flower Arrangement』でやりきった感覚があったので、今回はもっといろんなことをやってみたかったんです。
ーーということは、本作は菊地成孔さんも制作に関わっているんですか?
Lilla Flicka:いえ、菊地成孔さんは関わってないです。ただ私自身も新音楽制作工房のメンバーも、菊地さんから非常に強く影響を受けていますね。
ーー本作は恋愛、性、SF、文学が並列に存在する、かつてない視点の世界が展開されていますが、どのように作っていったんでしょうか?
Lilla Flicka:制作自体はつるっと(笑)。アイデアを考える中で、お願いしたいクリエイターも自然と出てきました。みなさんへのお願いで共通していたのは「あなたが考えるポップスを作ってください」ということですね。だからアルバムにはいろんなサウンドがあるんだと思います。あ、そういう意味で菊地さんは制作に関してひとつだけアドバイスをいただきました。「ミックスで、ボーカルの音量と質感をアルバムで統一したほうがいいよ」と。私自身ポップアルバムを作りたかったんです。
ーー僕はこの世界観に驚きました。少女的な初々しい感性があるかと思えば、性の生々しい表現もある。かと思えば『2001年宇宙の旅』のHAL-9000が出てきたり。でもアルバムとしての統一感はある。シンプルに「どうなってるんだ?」と思いました。
Lilla Flicka:(笑)。ポップスは自由で規制のない音楽だから、というのが質問の答えになるかもしれません。あと今「少女的」とおっしゃっていただきましたが、“Lilla Flicka”は女性性の中でも少女性にフォーカスしています。女性は人間として生まれて少女の時期があって、そして大人になっていく。その過程がすごく大変なんです。もちろん男性や、間の性別の方、ノンバイナリーの方もそれぞれ大変なのは重々承知しています。ただ私は自分で女性性を選んでいるので、少女性が非常に重要なトピックなんです。少女マンガの世界もどんどん進化して今やすごいことになってはいますが、いわゆる典型的な少女マンガの世界と言ったときに連想されるような、美しくて綺麗で優しい世界と現実は違う……こともある。それを受け入れたりとか、乗り越えたり、もしくは現実逃避したり。どうしたら大人になれるのか。そこが大きなテーマのひとつでした。
ーーこのアルバムを聴いて、売野機子さんというマンガ家を思い出しました。あと今のお話は〈今日もわたしの一日は女装することから始まる「人は女に生まれるのではない、そう女になるのだ」〉と歌う「大人なんだから」にも通じますね。
Lilla Flicka:今、私たちが生きてる世界ではフェミニズムなんてもう当たり前のことなんですね。それでも私は女性性を選びとってる。朝起きて、人間の状態から女性になる。お化粧したり髪の毛整えたり。女性も女装してる。それを選ばなくてもいい。自由だから。
ーー僕は自分が45歳にもなって、まだ子供っぽいところがあることにコンプレックスを感じているんです。でも同時にその子供っぽさを享受してる自分もいる。だから「大人なんだから」の歌詞は良い意味で刺さったし、「そんなことまで言っちゃうんですね……」という驚きもありました。
Lilla Flicka:「子供っぽさを享受してる自分」というのはつまり少年性だと思うんです。少年性はいつまでも子供のままでいたいという感覚だと思います。でも少女性はもっと冷静なんです。先ほど言ったアルバムのテーマである少女性の話に通じますが、少女性とはいつまでも子供のままでいたいのではなく、冷静に大人を観察して、自分と向き合って、大人になろうとする感覚のことなんです。だから少年のそれよりも冷たい。冷徹と言ってもいいかもしれない。私はフランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」、マルグリット・デュラスの「愛人/ラマン」、森茉莉の作品に親和性を感じています。あとソフィア・コッポラとか。この人たちに「子供のままでいたい」という表現をしてる人はいない。透明な目で世界を見てるような気がしますね。