ヒロシが語る、BUCK-TICKに魅了されて変わった人生 思い出の楽曲から櫻井敦司との対談裏話まで
BUCK-TICKがデビュー35周年を迎えた。メジャーデビュー以降、リリースされたオリジナルアルバムの数は22枚。パンクやニューウェーブ、歌謡曲などの影響を独自に昇華して構築する美しい世界観や、ロックバンドとして放つ妖艶でソリッドなオーラは多くのリスナーを魅了し続けており、そのソングライティングやライブパフォーマンスのキレは全く衰えを知らない。9月21日には彼らの35年間を濃縮した5枚組のベストアルバム『CATALOGUE THE BEST 35th anniv.』、ライブ映像作品『魅世物小屋が暮れてから〜SHOW AFTER DARK〜 in 日本武道館』が同時リリースされる。長年愛聴しているファンにとっても、これからBUCK-TICKに入門するという新規リスナーにとっても、きっと新しい発見のあるマストアイテムと言えるだろう。
リアルサウンドでは、そんなBUCK-TICKの魅力を著名人が語る企画を展開。「ヒロシです。」のネタで芸人として人気を博し、最近はソロキャンプ動画投稿でも注目を集めているヒロシが登場、BUCK-TICK愛を語りまくってもらった。高校生の時にBUCK-TICKと出会って衝撃を受け、35年にわたって人生の隣にBUCK-TICKがあり続けたというヒロシ。今でも彼らは憧れの存在なのだと、少年のように目を輝かせて、時には目を潤ませながらヒロシは語った。出会いのきっかけから好きな楽曲についてはもちろん、『SWITCHインタビュー 達人達』(NHK Eテレ)での櫻井敦司との対談の裏話に至るまで、濃密なBUCK-TICKトークを楽しんでほしい。(編集部)
「色をつけて、長く髪を立てたBUCK-TICKに衝撃を受けた」
ーーまず、BUCK-TICKとの出会いから教えてください。
ヒロシ:僕はそもそも、小学生の頃からバンドというものにすごく憧れがあって。一番最初に生でバンドを見たのが、隣町の高校生が野外で演奏してたコピーバンドで、THE MODS「激しい雨が」をやってたんですよ。それで「バンドってカッコいい!」と思って。小学校高学年ぐらいからモテることを強く意識するようになったんですけど、モテると言えばバンドだなと思って、中学生になって自分もバンドを始めようとしてみました。が、なかなかうまくいかなかったんです。お金もなく、今みたいに中古の安い楽器屋もなかったので、楽器を揃えること自体難しくて。それでもなんとかバンドを始めたのが高校生の時でした。
ーー担当パートは何だったんですか。
ヒロシ:ベースでした。僕がバンドを始めた頃、バンドをやる人の間ではヘヴィメタルとかハードロックが流行っていたので、EARTHSHAKERのコピーを最初にやったんですけど、ファッションとかにあまりしっくりきてなかったんですよね。そしたらBOØWYが出てきて、直感的に「カッコいい!」って思いました。たぶん、髪を立ててるのが好きだったんでしょうね。BUCK-TICKの場合は色までつけて長く立てていたので、それを初めて見た時も衝撃を受けました。でも、どうして髪を立てることに惹かれるんだろうと考えると、僕はパンクが好きなんだってことに途中で気づいたんですよ。周りがハードロックのコピーをやりたがる中で、僕がパンクっぽい曲をやりたいと言うと、すぐ却下されてましたけど。
ーー最初に聴いたBUCK-TICKの曲は覚えていますか。
ヒロシ:今となっては最初かわからないけど、テレビ番組で「FUTURE FOR FUTURE」の演奏を見たことを鮮明に覚えてるんですよ(※1987年1月放送のNHK音楽番組『ヤングスタジオ101』での演奏と思われる)。それをビデオに録画して何回も見てました。一生懸命って言うと変だけど、「自分たちはカッコいいんだ!」「今から上に行ってやるぞ」という気迫がすごくて。櫻井(敦司)さんがとにかく動きまくるんですよね。自分からボーカルをやらせてくれって言った人だからこそ、当時は「後には引けん」「目立たなきゃ」っていうプレッシャーと戦っていたと思うんですよ。それが画面からも伝わってくるというか。あと、BUCK-TICKって書かれた白いセットで演奏してた「…IN HEAVEN…」もすっごい覚えてます(※1989年1月放送のNHK音楽番組『ジャストポップアップ』での演奏と思われる)。
ーーヒロシさんが最初に買ったBUCK-TICKの作品は何だったんでしょう?
ヒロシ:BUCK-TICKを聴き始めた頃は、ちょうどレコードからCDへの切り替えの時期で。僕はCDに移行するのがなんか寂しいなと思うタイプだったので、CDも出てたんですけど、レコードでBUCK-TICKを聴いてましたね。本当にお金がなかったから、欲しいレコードを買うのはハードルが高かったですけど、地元のレンタルレコード屋さんに行っても歌謡曲ばかりで、ロックのレコードってなかなか置いてなかったんです。田舎で情報が入ってこなかったし、聴くにはとにかく買うしかないと思って、レコード店に予約して買いに行ってました。僕が買ったレコードって数少ないんですけど、BUCK-TICKとBOØWY、あとは本田美奈子さんや、CoCoというアイドルくらいですね。BUCK-TICKは『SEXUAL×××××!』(1987年)と『ROMANESQUE』(1988年)を買いました。予約特典でステッカーが付いていて、友達にくれって言われたけど、絶対にあげなかったですね。
「BUCK-TICKは名曲が多すぎるんです!」
ーー特にお気に入りの曲はありますか?
ヒロシ:パッと思いつくのは「HEARTS」(『ROMANESQUE』収録)ですね。“歌”って、勝手に自分の人生に置き換えながら聴くじゃないですか。当時僕は高校1年生でしたけど、「高校に上がったら絶対モテなきゃいけない」と思っていたんで、ずっと不良の格好をして過ごしていたんですよ。本当は全然不良じゃないくせに。そしたらすごくモテて、学校でも可愛い女の子に告白されて何日か遊んだことがあったんですけど、本当の僕はそういう人間じゃないから、すぐに偽物ってバレてフラれてしまって。「HEARTS」を聴くたび、その女の子のことを思い出して切なくなっていましたね。
ーー青春ですね。そうした思い出の曲は他にもありますか。
ヒロシ:たくさんありますけど、やっぱり「FUTURE FOR FUTURE」を聴いていた当時から芸人になりたい夢があって、〈テレビの画面に いつかの心を奪われて/高鳴る想いは そのまま 感じたままで〉という歌詞が、芸人やテレビの世界に憧れていた僕の背中を後押ししてくれました。
ーーそうした楽曲やパフォーマンスから感じるパワーと、先ほどおっしゃったヘアスタイルなどのファッションが1つになって、ヒロシさんに大きな影響を与えたんですね。
ヒロシ:はい。5人が並んでる『ROMANESQUE』のジャケットの裏で、櫻井さんが今井(寿)さんのお尻を触ってるんだけど、「セクシー!」「オッシャレー!」と思ったんですよ。
ーーハードロックやヘヴィメタルに比べて、BUCK-TICKのようなパンク/ニューウェイブバンドは中性的な表現が多かったですからね。
ヒロシ:そう、そういうのに憧れていました。すごいなと思うのは、その後の『惡の華』(1990年)あたりから雰囲気が変わりましたよね。正直言うと「ちょっと変わりすぎた?」って思ったこともありましたけど(笑)、大人になって遡って聴いてみると「なるほど、いいわ!」って感じて。だんだん「これはもう歌謡曲だな」とも思ったりしてたんですけど、それでもやっぱりBUCK-TICKになるんですよね。最近好きな曲で言うと「舞夢マイム」(『ABRACADABRA』収録)も昭和歌謡テイストじゃないですか。でも間違いなくBUCK-TICKの世界観があるんです。そういう曲も好きですね。『SWITCHインタビュー 達人達』で櫻井さんとお話しさせてもらった時も、音楽のルーツは山本リンダさんっておっしゃっていましたし、BUCK-TICKは歌謡曲からも影響を受けていたのかなと思いました。
ーーそういった昭和歌謡だけでなく、その影響源であるジャズやシャンソンなどもBUCK-TICKは取り入れていて。その上で櫻井さんは独自の世界観で歌っていますよね。それが大きな個性になっていますが、そこにヒロシさんは惹かれているんでしょうね。
ヒロシ:そうそう。ライブはなかなか見に行けてないんですけど、DVDとかで映像は全部見ていて、他のバンドがやったらダサくなりそうなステージングも、BUCK-TICKがやるとカッコよくなるんですよね。あと、今井さんのギターって不思議な、いい意味で変な弾き方していますよね。しかも左利きで弾くから、ライブで星野(英彦)さんと対になるじゃないですか。そこもカッコいいんだよなぁ。
ーー今井さんの楽曲とアレンジ、櫻井さんの歌詞と歌、星野さんの楽曲はそれぞれ違う色を持っていますし、メンバーが演奏することで独特な色が生まれますよね。
ヒロシ:本当に名曲が多すぎますね。今回、35周年で5枚組のベストアルバムが出るということで、曲のリストを見たんですけど、「この曲ベストに入れないんだ!?」と思ったのが「FUTURE FOR FUTURE」とか「SILENT NIGHT」。ベストアルバムを5枚にしても、これだけ名曲がこぼれ出してしまうってことでしょ。BUCK-TICKは名曲が多すぎるんです!
ーーそれだけ35年の歳月、ヒロシさんがBUCK-TICKを思って過ごしてきたということですよね。
ヒロシ:今50歳なんですけど、僕が高1の頃からBUCK-TICKはやってるわけですよ。僕もコンビやトリオを組んだり、もちろんバンドを組んだりしたこともあったけど、同じメンバーで35年やれるっていうのがすごいし、ライブをやったらしっかり人が集まる第一線のバンドだというのもすごい。僕なんてコンビもトリオもすぐ喧嘩して別れてしまいましたから、そんなこと考えられないですよ。