記憶に刻まれた曲が代弁する若者たちの心情 『あなたに聴かせたい歌があるんだ』に響くメロディ
あるアーティストの曲をモチーフとして、そこからオリジナルの物語を紡ぎ出すようなドラマや映画は、これまでいくつもあった。ミュージックビデオのように、歌詞をトレースした物語ではなく、その曲に対する誰かの「思い」や「記憶」にまつわる物語を、ひとつの「ドラマ」として描き出すこと。しかし、登場人物6人それぞれの27歳を描いた群像劇であるHuluオリジナル『あなたに聴かせたい歌があるんだ』は、その手のドラマとは少々勝手が異なっているようだ。制作過程の、原作が出来上がった段階で、「物語のキーとなる曲は何が良いだろう」と思案していたときに、「エイリアンズ」が浮上した。「エイリアンズ」とは、キリンジ(現・KIRINJI)が2000年に発表したシングル曲。発表から20年以上を経た今も、女優・創作あーちすと のんをはじめ、幾多のアーティストに繰り返しカバーされるなど、世代や性別を超えて支持されている、キリンジの代表曲のひとつだ。けれども本作の登場人物である彼/彼女たちが、この曲を手放しで「支持」しているかというと、どうやらそういうことでもないようだ。なぜなら、彼/彼女たちにとって、「エイリアンズ」との「出会い」は、必ずしも「甘い」ものではなかったから。
とある高校の授業風景。臨時の英語教師・望月かおり(田中麗奈)が、生徒たちの好奇のまなざしにさらされている。生徒が教師に仕掛ける「いたずら」としては、かなり悪質なものと言えるだろう。誰も知らないはずの「過去」を、彼女はある生徒によって暴露されてしまったのだから。激しく動転した彼女は、その後気を取り直して、静かに語り始めるのだった。「私はね、今年27歳になったの」、「みなさんもこれから10年経ったら、必ず27歳になります。みなさんがその時に後悔することが、私なんかよりひとつでも少ないことを、私は本気で願っています」と。そして、教室にあったラジカセで、彼女がおもむろに流し始めたのが、「エイリアンズ」だったのだ。一体、なぜ? 彼女の真意は、どこにあるのだろう。呆然と見守るしかない生徒たち。
ある曲との「出会い方」――その曲にまつわる「思い出」としては、どちらかと言えば最悪の部類に入るだろう。かくして、そこに居合わせた17歳の彼/彼女たち「5人」は、教師の「祈り」とも「呪い」ともつかないその言葉と共に、「エイリアンズ」という曲を、記憶の中に深く、そして苦く刻み付けられるのだった。そして、10年後。27歳になった彼/彼女たちは、どんな「大人」になっているのだろうか? 「ボクたち」は、果たして後悔のない立派な「大人」になれたのだろうか? というのが、このドラマの概要である。
最初の登場人物は、役者を志すも挫折し、今はしがないサラリーマンとなっている荻野智史(成田凌)だ。上司に連れられて訪れたスナックで、彼はふと「エイリアンズ」のイントロを耳にする。「僕はそのとき、自分の中でも忘れていた、忘れられない高校2年の夏のあの日に引き戻される感覚に襲われた」。彼にとって「エイリアンズ」は、17歳の自分に引き戻す曲なのだ。続く第2話に登場する前田ゆか(伊藤沙莉)は、アイドルになることを夢見て上京するも、目の前の現実に押しつぶされそうになっている。彼女にとって「エイリアンズ」は、「夢」について考えるとき、いつも心の中によみがえってくる曲だった。第3話の主人公・片桐晃(藤原季節)は小説家志望。彼にとって「エイリアンズ」は、初恋の人の曲であると同時に、その後一緒に暮らすようになる女性と意気投合する「きっかけの曲」でもあった。
というように、このドラマのユニークなところは、誰もが17歳のあの時、教室で聴いた「あの曲」(と、それを初めて聴いたときの「苦い記憶」)に囚われていながら、そこに寄せる思いは人それぞれであり――しかも、その歌い手であるキリンジや、その歌詞の内容について、ほとんど誰も興味を示さないことだろう。そもそも、彼/彼女たちがその曲を本当に「好き」なのかどうかすら、実は定かではない(第6話の主人公・島田まさみ(前田敦子)に至っては、「聴きたくない曲」とまで言い放つ)。