ハリー・スタイルズ、至高のポップアルバム『ハリーズ・ハウス』最速レビュー あらゆるリスナーを迎え入れる傑作

ハリー・スタイルズ、新作最速レビュー

 かつて世界中を席巻したOne Directionが活動を休止してから約6年が経つ。メンバーはそれぞれ独自で活動を続けているが、その中でも一際目覚ましい活躍を見せているのがハリー・スタイルズだろう。

 ソロデビュー作となった『ハリー・スタイルズ』(2017年)は全米・全英を含む55カ国で首位をマークする大ヒットを記録し、続く2ndアルバム『ファイン・ライン』(2019年)も絶大な成功を収めている。特に2ndアルバムに収録された「ウォーターメロン・シュガー」は自身初となる全米シングルチャート1位を記録するだけではなく、One Direction時代には手にすることのなかったグラミー賞にて「最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス」を受賞するなど、ハリーのポップアイコンとしての力量を証明する楽曲となった。先日の『コーチェラ・フェスティバル』でも初日のヘッドライナーという大役を見事に果たし、同フェス以降にSpotifyのリスナー数が約750万人以上も増加するという、旧来のファン層以外も取り込んだ絶大な反響を巻き起こしている。もしかしたらOne Direction以降、ハリー・スタイルズという存在から遠ざかっている人々も少なくないかもしれないが、今のハリーはまさに現代のポップシーンを代表する存在だと断言していい。

Harry Styles – Kiwi – Live at Coachella 2022

 遂にリリースされたハリーの最新作『ハリーズ・ハウス』は、そんな彼の成功を過去のものとし、完全に新たなステージへと引き上げる至高のポップアルバムだ。音楽面においても、パフォーマンス面においても、もはや別次元と言ってもいいほどの進化を遂げている。

 サウンド全体の軸となっているのは、これまでの作品でも明確にリスペクトを捧げてきた1970年代から80年代のロック/ポップミュージックであり、それは近年のメインストリームにおけるトレンドとも重なっているものだ。だが、そういった作品群と本作のサウンドの最大の違いは、その親密さにある。現代のポップソングの多くは、単純にサウンドをオマージュするだけではなく、それぞれの音像をソリッドに磨き上げ、余計な音の要素をなくすことで、(ある種のASMR的ともいえる)音としての快楽性やリスナーを引き付けるような冷たい緊張感を高めている。だが、ハリーはそういった手触りの荒さをあえて残し、バンド全体が一体となって聞こえるようなミックスを施すことで、自然で暖かな、風通しのよい質感を作り上げている。結果として、作品全体に親密感のある、リラックスしたムードが漂っているのだ。ポール・マッカートニーのソロ作品群をも彷彿とさせる「グレープジュース」や「リトル・フリーク」といったサイケデリックな楽曲はその好例と言えるだろう。現代で主流とされるポップソングでは珍しい、どこかザラつきのあるラフな質感のギターの音色や、随所に織り込まれたテクニカルなフレーズからは、参照元における「演奏そのものを楽しむ」というムードまでハリーが完全に取り込んでいることを実感できる(本作には他にもSteely DanやGenesisといったロックバンドを彷彿とさせる瞬間が幾度となく訪れる)。一方で、ハリーの歌声はあくまで聴き手にそっと寄り添うような歌声と録音になっており、どれだけ演奏が盛り上がっても親密なムードが保たれ、常に心地よさを感じられる。

Harry Styles – Grapejuice (Audio)

 このような作風や変化に至った背景としては、やはりパンデミックの影響が大きかったようだ。これまでシビアな音楽業界の中で活動を続けつつも、今とは違う人生にも恐れを感じていたハリーだが、すべての活動が半ば強制的にストップしたことによって自分自身と向き合う時間が生まれ、「何かを作り上げるとは、一体どういうことなのか? もしそれが仕事だとしたら、それは自分にとってどんな意味があるのか?」と思考を巡らせていたのだという。

 その結論は、まずはレコーディングプロセスへと反映された。これまでのアルバム制作では、数カ月ほどレコーディング期間としてスタジオを確保し、短い間に集中して籠もりながら作業を進めるという、一般的ではあるが負担の大きいものだった。だが、本作では複数の期間と場所で断片的にレコーディングが実施され、数週間で数曲ごと仕上げていくという、無理せず、1曲1曲にエネルギーを注ぐことができる方式を取り入れている。その場所についても、ハリーと制作陣(これまでの作品にも参加してきたトーマス・ハルやタイラー・ジョンソンら)のそれぞれの拠点であるロンドンやロサンゼルス、そしていつの間にやら訪れていた東京など、本人がリラックスできる地域を選んでいる。さらに制作についてもメンバーで一つの部屋に集まって取り組むという、徹底的にリラックスできる、親密な環境にこだわってレコーディングが進められていったのだ(※1)。

Harry Styles – As It Was (Official Video)

 先行シングルとして大ヒットを記録している「アズ・イット・ワズ」では、「もう今までとは違う」というパンデミックの影響を彷彿とさせるフレーズが繰り返し歌われているが、同時にこれまでの孤独な日々や苦悩から脱却し、新たな生活へと踏み出そうとする心境が表現され、まさに本作におけるハリーの心境の変化を象徴する楽曲だ。同楽曲は自身の内面と向き合ったものだが、アルバムに収録された楽曲の多くは聴き手に手を差し伸べるようなものとなっており、「マチルダ」では重荷になっているものがあるのなら必ずしもそれを背負う必要はないというメッセージが、美しいファルセットに乗せてエモーショナルに届けられる。アコースティックギターの音色は生々しく、それが楽曲に込められた感情や親密さをさらに増幅している。そして、アルバムの最後を締めくくる「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」では、「自らの行動すべてが嫌でも、ニュースになってしまう自分自身の姿を見つめつつ、そのような喧騒の中であっても決して自らを見失わないで(※和訳)」という言葉でフィナーレを飾るのだ。その歌声は優しく、美しく、筆者の脳裏には思わずジョン・レノンの姿を思い出させるほどだった。決して無理をしないこと、そして、自分自身を愛することの重要さを、まるでハリー自身が横にいて、寄り添ってくれるかのように表現しているのである。

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