くじら、シンガーとして切り拓いた新たな表現方法 デビューからの成長過程と今後の展望を語る

くじら、シンガー活動を本格化させる背景

顔出しをすることに踏み切った背景

――そして今回、4月1日より顔出しも行なったうえで、自身の歌唱曲も本格化させていくことになりました。この変化についても詳しく教えてもらえますか?

くじら:これまでは自分自身の存在よりも、楽曲がヒットしてくれることの方が大事だと思っていたので、「くじら」という存在の輪郭を極力薄めて、ある一定以上の輪郭を持たせないようにしていました。そうすることで、実験的に色々な楽曲を出していきたいと思っていたんです。ただ、今回「自分で歌う曲」を表現の幅として加える際は、これまでフィーチャリングで参加してくださるシンガーさんやアートワークで協力してくださるイラストレーターさんから広がっていたような、色んな方に知ってもらうためのきっかけがなくなってしまいます。そこで、色々な方に楽曲を聴いてもらうためにも、自分が顔を出すことでできることが増えるんじゃないか、と判断しました。顔を出すことは大事ではなくて、「できることが広がるのが大事だった」という感覚です。5年前だと顔を出さないアーティストは少し薄気味がられていた部分もあったかもしれないですけど、最近はそれが普通に受け入れられています。それに対してのカウンター的な意味も、少しだけあります(笑)。

くじら

――つまり、これまで以上に活動の幅を広げるためのものなんですね。今回、4月1日に毎年恒例のシリーズの最新版として、くじらさんが3番目に投稿した楽曲「Dance in the milk」のリアレンジ&セルフカバーが公開されました。この制作作業についても教えてください。

くじら:「アルカホリック・ランデヴー」や「狂えない僕らは」をリアレンジしたときは「今ならもっとできる」と思うことも多かったんですけど、「Dance in the milk」は、今聴いてももともとの曲の完成度が高く、すでに正解に近いものを出していたんだなと思えるような曲だったので、今回は方向性を変えて、よりダンサブルなものにリアレンジしていきました。

Dance in the milk (2022 ver.) / Flower
くじら - Dance in the milk(2022 ver.) self cover

――もともとの楽曲よりもアッパーなダンスミュージックになったイメージですね。

くじら:そうですね。「悪者」以降の楽曲は自分が歌うことも想定してつくっているので、毎年4月1日にこれまでの楽曲をリアレンジする時期には、「色々な経験が積みあがってきているんだな」ということを再確認します。たとえば、「アルカホリック・ランデヴー」や「狂えない僕ら」、今回リアレンジした「Dance in the milk」のような初期の曲は、自分で歌ってみると本当に難しくて、当時の自分は人が歌うことをまったく想定していなかったことが分かったりします(笑)。今回歌ってみても、本当に難しすぎるな、と思いました。

――(笑)。今回の「Dance in the milk」のリアレンジバージョンには、最初にラジオっぽい台詞のイントロが追加されています。これはどんなアイデアだったんでしょう?

くじら:いきなりバーン!とはじまるのは違うかなと思って、イントロを考えていく中でこの形に落ちつきました。この部分は片側にラジオ風の台詞が、もう片側には映画のフィルムの音が入っていて、「今から昔の曲をやるよ」と想像できるようなものになっています。

――様々な部分が変化しているのですね。一方で、くじらさんの曲は、幸せな瞬間であったとしても、辛い瞬間であったとしても、日々の生活や日常がテーマになっている曲がとても多いように感じます。この辺りについて、自分ではどう感じていますか。

くじら:たくさんトライする中で気づいたんですけど、自分は架空の話を歌詞に落とし込んでJ-POPに近づけていくということが、あまり得意ではないんですよ。それよりも、日々の生活の中で見たり、聞いたり、感じたりしたことを言葉にする方が得意だと思っていて。それこそ、最初の話に戻るんですけど、僕は自分が「一般的な感性を持っている人間だ」ということを知っているので、自分が寂しいと思う瞬間や、「こういうときにこんなふうに思う」ということを客観視して曲を書くと、それは共感性の高いものになるんじゃないかと思っています。そういう曲なら、色んな人が、色んなシーンで聴いてくれるようなものになるのかな、とも思うので、なるべく実生活に近いテーマを、日記のように書き留めることが多いような気がします。

――ポップミュージックをつくる際、くじらさんにはその方法が合っているんですね。

くじら:架空のものってやっぱり想像力が必要で、上手くいかないときはリスクもある方法だと思うんですけど、日常をテーマにする場合、生きていれば日々色々なことが更新されていきますし、曲が書けなくなくなるようなこともないのかな、と思っていたりします。

くじら

――今年の夏には、初めて自身の歌唱曲だけで構成されたアルバム『生活を愛せるようになるまで』もリリースされます。今話していただける範囲で、この作品がどんなアルバムになりそうか教えてください。

くじら:2020年の『寝れない夜にカーテンをあけて』を出してから、色々な曲を書いてきた中で、まずは楽曲自体も全体的にクオリティの高いものが入っていて、自分の過去の楽曲のすべてを越えているという自信があります。タイトル曲は、「ねむるまち」「寝れない夜に」と同様に、自分の人生の中でアンカーポイントになる出来事があって、それについて書いた曲です。この曲を書けるようになるまでにできた曲がアルバムの中に入っていて、その後に書いた曲も半分ぐらい入っているので、「人が成長する過程において、こんなことを感じるんじゃないか」ということが伝わるようなアルバムになっているんじゃないかな、と思います。

――お話を聞く限り、これまでのくじらさんの変化が伝わる作品になっていそうですね。

くじら:この3年間は自分自身や創作とかなり向き合った期間で、人としての在り方や、「自分はどういう人になりたいんだろうか」ということについても考え続けた期間でもありました。『生活を愛せるようになるまで』は、『寝れない夜にカーテンをあけて』よりも、少し自分のパーソナルな感覚に近くなったのかなと思っていて、いいアルバムになったと感じているので、自分でも「早くリリースして、早く全曲聴きたいな」と思っています(笑)。

 2019年にボーカロイドのアルバム『ねむるまち』、2020年にボーカロイドVer.とフィーチャリングゲストを迎えたVer.を収録した2枚組の『寝れない夜にカーテンをあけて』を出して、今回全曲自分歌唱のアルバムを出す予定なので、「すごくいいステップの踏み方ができているのかな」とも思っています。昔から聴いてくださっている方はもちろん、今回初めて知ってくれた方も、ここから他の曲を辿っていただいたときに、たとえば「yamaさんと曲を出してたんだな」と色々な面を知ってくれたら嬉しいです。

 どちらの方も音楽として「いいよね」と思ってくださるものを目指すと同時に、フィーチャリングでつくってきた楽曲や、「悪者」のように小説も含めて表現した楽曲のように、新しいことを考えて、毎回飽きずに楽しめるコンテンツにしていければいいな、と思っています。

■リリース情報
『生活を愛せるようになるまで』
2022年夏リリース予定

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