2022年のmoonridersは“今”を生きていた 月夜の日比谷野音で目撃した明確な進化

 MCで武川雅寛は、「もうすぐヤジを飛ばしたり、でかい声で歌うこともできると思います、それまでやめません」と言い切った。

 そして、『It's the moooonriders』に収録される新曲が2曲連続で初披露された。野音で聴くにふさわしいロックナンバーの「S.A.D」の作詞は鈴木慶一、作曲は武川雅寛、夏秋文尚、佐藤優介。この日は披露されたなかったが、『It's the moooonriders』の新曲「三叉路のふたり」では、作詞を澤部渡が担当しており、新作には夏秋文尚、佐藤優介、澤部渡との共作曲を収録している。『It's the moooonriders』は、間違いなくmoonridersのアルバムなのだが、デビューアルバムのような新鮮さもあるのは、そうしたソングライティングのスタイルの影響も間違いなくあるはずだ。鈴木博文が作詞作曲した新曲「Smile」では、ライブの演奏が『It's the moooonriders』の音源以上にスウィングしており、moonridersとしては新鮮だった。

 武川雅寛の弾くマンドリンと、佐藤優介のキーボードが奏でるアラブ風のメロディ、そして夏秋文尚のシンセパッドとおぼしき機材から鳴るタブラの音色から「イスタンブール・マンボ」へ。鈴木慶一が「珍しい曲ばっかりやってるでしょ」と笑った後は、白井良明がmoonridersに初めて書いた「ディスコ・ボーイ」が披露された。たしかにライブで初めて聴いた気がする。

 同じく白井良明が作詞作曲した「駄々こね桜、覚醒」は、『It's the moooonriders』の新曲。もちろん白井良明のギターが冴えわたる。

 日が沈み、月の浮かんだ野音で演奏されたのは「月夜のドライヴ」。70歳を迎えた鈴木慶一の喉から、よくこれほどの高音が出るものだと驚いた。岡田徹のキーボードのソロは、優雅にして透き通る。「G.o.a.P.(急いでピクニックへ行こう)」はレゲエに変貌していた。

 「Flags」では、曲名の通り多くのファンが旗を振っていたが、それ以上に旗が振られた楽曲があった。かしぶち哲郎が遺した名曲「スカーレットの誓い」だ。歌いだしの大役は澤部渡が担った。それまで座席に腰かけていたファンたちが続々と立ち上がっていく。この日は、SNSなどでファンに、旗を持ってくるように呼びかけられており、ファンが用意した思い思いの旗が、野音の客席を埋め尽くした。ハンカチを振る人の姿も見た。

 「スカーレットの誓い」には、〈百億の色で描く / 青春のエムブレーム〉という一節がある。旗が野音を埋め尽くしていく光景には、ファンがそれぞれにmoonridersと歩んできた人生が、一気に表出したかのように感じられた。『It's the moooonriders』にかしぶち哲郎の新曲はない、という現実を誰もが直視しなければいけないからこそ、ファンの想いが一気に溢れだしていた。

 「シリコンボーイ」は、ホーンセクションが加わったアレンジに。「ヤッホーヤッホーナンマイダ 」が演奏された理由は、〈謎々だよ どうして戦争 消えない〉という歌詞にあったことは疑いようがない。終盤では「戦争やめろ」というフレーズが繰り返されたのだから。政治的に「ノンポリ」であるはずのmoonridersだが、1991年の『最後の晩餐』に収録された「はい!はい!はい!はい!」は湾岸戦争を背景としていたと思われるし、1995年の『ムーンライダーズの夜』ではさまざまな社会事件をテーマに据えていた。2022年のmoonridersは「今」を生きていた。

 本編ラストを飾ったのは、その『ムーンライダーズの夜』の収録曲である「黒いシェパード」。この楽曲では、沖縄民謡の唄者の古謝美佐子が重要な役どころを担っていたが、この日は澤部渡が高音を駆使して歌いあげていた。その発想はなかった……と驚愕するほどの大役の果たしぶりだった。そして、終盤では岡田徹が「約束通り日比谷に戻ってきました、リハビリして、もっともっと元気になります」と語り、満場の拍手を受けていた。彼は、昨年は退院の翌日にmoonridersのライブに出たこともあったのだ。

 本編が終わっても、本気のスタンディングオベーションが会場から湧き起こる。ステージに戻ったmoonridersは、アンコールに「ジャブアップファミリー」と「くれない埠頭」を演奏した。特に「くれない埠頭」では、白井良明が早弾きするギター、夏秋文尚の鳴らすベルやシンバル、武川雅寛の吹くバスハーモニカらしき楽器などにより、ほぼビートが隠蔽されたような中で、鈴木博文が平然と歌いはじめたのだ。

 それは、moonridersが過去の代表曲を演奏する懐メロバンドではなく、現在進行形のバンドであることをありありと証明してみせた瞬間だった。

 鈴木慶一は、私の記憶では二度、ライブ中に「近々お会いしましょう」と語った。その言葉は、2011年の「また、進化したら、どこかでお会いしましょう」という言葉とは対照的だ。寡黙なmoonridersが、音楽で「進化した先が今である」と雄弁に物語ってみせたライブであった。

■セットリスト

1.いとこ同士
2.We are Funkees
3.モダーン・ラヴァーズ
4.I hate you and I love you
5.ゆうがたフレンド(公園にて)
6.檸檬の季節
7.BLDG(ジャックはビルを見つめて)
8.S.A.D
9.Smile
10.イスタンブール・マンボ
11.ディスコ・ボーイ
12.駄々こね桜、覚醒。
13.月夜のドライブ
14.G.o.a.P.(急いでピクニックへ行こう)
15.Flags
16.スカーレットの誓い
17.シリコンボーイ
18.ヤッホーヤッホーナンマイダ
19.黒いシェパード
20.ジャブアップファミリー
21.くれない埠頭

関連記事